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強きもの

みー、みー。

みー、みー。

みぃ、みぃ。


三匹の大合唱が始まった。

お腹が空いた合図だ。


桜の木から少し奥に入った民家の裏の縁の下。

通風口から声はすれども姿は見えずで、完全に死角になるロケーション。

この場所でトトは出産し、子育てをしていた。


桜の木の下でご飯を食べていたトトはすぐに戻ってくると、子猫たちのすぐ横に寝そべってお腹を見せる。


まだ目の開かない子猫たちは、気配と匂いでトトを察知する。

もぞもぞと這うようにトトのお腹に近づくと、鼻先で乳首を探す。


「ああ、くすぐったい。こればっかりはまだ慣れねぇな」


トトは愛情たっぷりの眼差しを注ぎながらも愚痴る。

完全に独り言だけれど、自分の声を聞かせて安心させたかった。


猫には子守唄が歌えないのだ。


まだ毛色が薄くてはっきりしない子猫たち。


二匹は満足そうにお乳を吸っているが、一匹はまだ乳首を探してもぞもぞしていた。


「またお前は……ほら、ここだってば」


トトが体の位置をズラして乳首を鼻先に近づけてやると、ようやく吸い付く。


少し黒い毛の多いこの子は三匹の末っ子だった。

この子は他の二匹と比べると、体が一回り小さかった。


トトはなるだけ気にかけているつもりだが、それでも、今みたいにお乳を飲ませるのが遅れてしまう。

体の大きい二匹に先にいい場所を取られてしまうと、どうしても位置取りが悪くなってしまうのだ。

二つの大きな体に抵抗しながら乳首に辿り着くのは容易ではなかった。


たまにトトもお乳をあげながらウトウトしてしまうことがあって、そんな時は末っ子は放ったらかしになってしまうのだった。


でも今は三匹ともちゃんと飲んでいる。


「たっぷり飲んで、大きくなるんだよ」


トトにとってこの時間は、何よりも大切で幸せなひとときなのだった。



✻ ✻ ✻



子猫たちがまどろみ状態で母親のお腹をふみふみしていた時、イヤな音がしてトトは現実に引き戻された。


またあの音だ。

ザザザと連続して草が揺れて、何かが近付いて来るあの音。


子猫たちを起こさないようにゆっくり体を起こすと、トトは通風口から外へ出て行く。


するとちょうど頭を起こして周囲を観察しているヤツと目が合った。


シマヘビだ。


ブシャーッ!!!


トトが個性的な威嚇をすると、相手は頭を下げて大きく左右にうねりながら向かって来た。


「てめー、やる気かよ!」


トトも一気に戦闘モードにスイッチON。

お尻の方に重心をかけて身を低くし、耳を後ろに寝かせる。

そして目の前で再び頭をもたげたヤツに向かって、左ジャブ一閃。


しかし敵も然る者、すっと頭を引いてかわす。

大きく開いた口から赤い舌がちろちろと挑発するように動く。


今度はヤツの素早い噛みつき攻撃。


バシッ!


トトは右前足でヤツの頭を上から叩く。

さすが、反射神経が人間の十倍以上あると言われるだけはある。


更にトトの追い討ち。

思い切り爪を剥き出しにして右フックでヤツの首の辺りを引っかく。

鋭い爪がヤツの皮をこそぎ取って傷を負わせた。


「まだやんのか、ああ!?」


猫語は通じなくともトトの気迫は通じたに違いない。


ヤツは元来た方向にすごすごと帰っていった。


子猫たちが生まれてから三度目の蛇退治だった。

昼と言わず夜と言わずやってくるヘビは一番面倒な相手だ。

ヤツらの舌は、嗅覚と味覚による察知能力が驚異的なのだ。


ヘビだけではない。

目の開かない小さな子猫を狙う敵は他にもいるのだ。



✻ ✻ ✻



そして数日後の早朝――。


グワァーッ!


大きな声が響いた時、トトは何が起きたのか一瞬で理解した。


食べていたかりかりご飯の皿をひっくり返しながら、猛ダッシュで渡り階段を走って行く。

遊歩道の端まで来た時、悪い予想が的中したのを知った。


カラスが子猫を狙ってきたのだ。


一目散に川裏(かわうら)の壁を駆け下りるトト。


すると、通風口の前にチャチャがいてカラスの侵入を防いでいた。


「大丈夫だった? ダーリン」


トトがチャチャに声をかけると、チャチャはようやくトトに気が付いて安心した表情。


「よかった、来てくれたんだね」


「当然だろ!」


トトは近距離ダッシュでカラスに体当たりを試みる。


しかし、寸前でカラスは飛びあがって回避。


急ブレーキから反転したトトは、高く跳んでカラスの足に爪を立てる。


ギャアッ!


トトの重みでカラスは落下し、地面に横倒しになる。


トトは爪を立てたままで、カラスの足に噛みつく。


ガブッと足の付け根を噛まれたカラスは狂ったように暴れる。


ギャアッ! ギャアギャアッ!


無我夢中で足と羽根をバタつかせ、クチバシでトトを突こうとしてくる。


羽根を広げたカラスの大きさは、トトの倍以上あったが、それでもトトは噛み付いた口を離さず、更に前足でカラスを地面に押さえつけ全体重をかけていた。


「大丈夫かい、トト」


しっかり通風口を守ってるチャチャが、心配そうに声をかける。

でもトトは口が塞がっているので答えられない。


グワグワァッ! 


再びカラスが激しく抵抗。

今度は大きく羽根をはためかせて飛び立とうとしている。


一瞬トトの体が浮きかけたところで、思わず口を離してしまったトト。

そのまま地面に着地して事なきを得る。


死に物狂いのカラスの馬鹿力。

トトは危うく空へ持ち上げられるところだったのだ。


「二度と来るんじゃねぇよ! ボケ! オタンコナス!」


飛び去っていったカラスにトトが罵声を浴びせる。


みー、みー。


今の騒ぎで目が覚めたのか、子猫たちが鳴きだしてしまった。


「大丈夫かい、トト」


「ウチは平気。ダーリンの方こそ……あ、ケガしてるじゃん!」


チャチャの肩口に血が滲んでいた。

あのカラスに突かれたのだろう。


トトはチャチャの患部を優しく舐めると、ついでに周囲の毛繕いもしてやる。


「すまないね。ありがとう」


「なに言ってんのよ。ダーリンが頑張ったんでしょ。ありがと。」


普段から穏やかで物静かなチャチャが勇敢にカラスの前に立ちはだかっていた姿は、トトにとって何よりも頼もしい立派な姿だったのだ。


「もうボクはいいから、子供たちにお乳をあげて」


チャチャが少し照れたように言うと、トトも仕方ないといった感じで通風口から床下へ入って行った。


やがて子猫たちの声が止んだ。


チャチャは通風口の前に香箱で座ると、中から微かに聞こえてくるゴロゴロという音を聞きながら満足気に耳をピンピンと動かした。



✻ ✻ ✻



ジャンボが堤防の壁の上でかりかりご飯を食べていた時、桜の木の方からカラスが飛び上がるのが見えた。


ガァガァと大きな声で鳴きながら、フラフラとジャンボの方へ向かってきた。


「こっちに来るな!」


ジャンボが身構えてシャーッと威嚇すると、すいとジャンボの上を素通りして川の方へ飛んで行った。


カラスの行方を目で追うと、河川敷で虫を啄んでいたカモの群れの真ん中へ下りた。


グワッグワッと鳴いて一目散に川へダイブしていくカモたち。


「あーあ、かわいそうに。ひどいヤツだなぁ」


玉見川では毎年北からたくさんの渡り鳥たちがやってきて冬を越す。

ジャンボが前にいた辺りにもいたが、こっちではその何倍も数が多かった。


鳥さんたちと話せたらどんなに楽しいだろう。


ジャンボが物心ついた頃から思っていたことだった。

ママに笑われてからは誰にも話したことはない。


ジャンボが違和感に気付いたのは、カモたちがいなくなった河川敷でさっきのカラスがヨタヨタと歩いているのを見たからだ。


「ケガしてるのかな」


急いでかりかりご飯を平らげると、ジャンボは堤防を飛び降りてカラスに近づいていく。


グワッ、グワッ!


カラスが威嚇してくる。


「ねぇ、ケガしてるの? 大丈夫?」


ジャンボが心配して声をかけるが、もちろん言葉は通じない。


グワッ、グワッ、グワッ!


興奮して羽根を広げ、ジャンボを攻撃するような仕草を見せる。


「チェッ、もういいよ。傷を舐めてあげようと思っただけなのに」


ジャンボは独り言ちると、川表(かわおもて)の小道を歩いて立ち去る。


毎日寒い季節だが、今日は陽射しがある分心地よかった。


玉見川の流れに逆らって泳ぐカモたちを横目に見ながら、鳥さんたちと一緒に川を泳げたら楽しいだろうなぁとジャンボは考える。


猫は鳥にものすごく興味があるのだ。


普通は狩りの標的として、なのだが――。



✻ ✻ ✻



げぷっ。


「ああっ、まただ。大丈夫かよ……」


いつものように夜中にお乳をあげていた時、末っ子がお乳を吐き戻してしまった。


この子だけ、吐き戻す頻度が他の二匹より多いのだ。

ただでさえ体が小さいのに、吐いてしまうと一食抜いたも同然で、ますます成長が遅れてしまうんじゃないかと、トトは気が気ではなくなるのだった。


吐き戻した乳を舐め、口の周りもきれいに舐めてやるトト。


「大丈夫だよ、大丈夫……」


それしか言ってあげられない。

四番目の子の姿がふと脳裏をよぎる。


この末っ子に比べると、他の二匹は順調過ぎるほどに順調で、ふくふくとしていた。

今も、先にお乳を飲み終わってぐっすり眠っている。


一方、末っ子は吐き戻したせいもあってか、やや呼吸も荒く、体が大きく上下するのがかわいそうに見えるのだった。


トトは体の向きを入れ替えて、末っ子が顔の近くにくるようにすると、ゆっくりとその体を舐めながら、呼吸が楽になるまで続けるのだった。


「ウチがこの子らをちゃんと守るんだ」


三匹の子を抱えて、トトは自らの不安を打ち払うようにゴロゴロを鳴らす。


元ヤン猫のトトはこの日、強き母になることを心に誓った。

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