プロローグ 氷上の影。 世界が領土主張する南極地
南極大陸。人類が到達した地球最果ての氷原。
1908年、イギリスが最初に領有権を主張して以来、ニュージーランド、フランス、オーストラリア、ノルウェー、チリ、アルゼンチンと、7か国がそれぞれ扇形のセクターを描き、南極点を要に領土線を設けた。
しかし、当時のアメリカとソ連は、実効支配がなければ承認しない立場を取っていた。第二次世界大戦後、政治・軍事的価値が高まるも、1959年に締結された南極条約により、各国の領土主張は棚上げされ、軍事行動は禁止された。基地建設や武器実験も認められず、許されるのは純粋な科学研究だけである。
だが今。この条約の影を掻い潜り、地球の秩序を揺るがす者たちが極地に降り立った。
レッドウルフ「赤い秩序」の多国籍隊員たちは、南極の各セクターに潜入済み。アルゼンチン、イギリス、チリ、オーストラリア、ニュージーランド、フランス、ノルウェーさらに隠密にブラジル、ロシア、南アフリカ、アメリカの観測網もかいくぐり、各国科学者や基地関係者を人質に取り、世界を脅迫する布陣を完成させていた。
その先頭に立つのは、ゼフィルかつてのアイゼンハワード弟子であり、魔族の力を操る冷徹な男。そしてアリシア。裏切り者の女。二人は赤黒い瞳を光らせ、南極基地を完全占拠し、未回収の異能兵器を作動させようとしている。
「世界はもう、終わる。」
ゼフィルの声は、氷原に吹き荒れる風に溶け込む。
二人の計画は壮大かつ科学的だった。
南極基地を拠点に、人工的にオゾンホールを拡大。気温を急激に変動させ、海面を浄書するほどの規模で氷床を溶かす。結果、北半球では都市部に異常熱波と森林火災が同時多発し、沿岸都市は津波と高潮で水没寸前に追い込まれる。
さらに、異能兵器による磁場の乱れで通信衛星が停止し、世界の指令系統は混乱。都市機能は崩壊寸前、社会秩序はほとんど消え去る計画。
アリシアは赤く点滅する地図を前に、冷笑を浮かべる。
「全ては計画通り。」
ゼフィルは氷の上に立ち、遠くに揺れる極光を背に言った。
「誰も、我々の前に立てない。」
赤黒の影が氷原を這い、地球は未知の規模で苦悶を始める。
南極の静寂は破られ、世界の混乱が始まろうとしていた。




