表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【88万8千PV突破】 運と賢さしか上がらない俺は、なんと勇者の物資補給係に任命されました。  作者: 虫松
『仁風、町に吹く3 ― さっちゃん先生 マフィア編』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1702/1713

第8話 裏切りの刃

ミヤザキ・油津。潮の匂いに、ほんの少しだけ秋が混じりはじめた頃でございます。


さて皆さん。

人ってのは不思議なもんでしてな。

笑ってる顔の裏に、だいたい一つや二つ、泣きたい夜を隠してる。

で、その“泣きたい理由”ってやつは、大抵あとからやってくる。

今日は、そんな少し遅れてきた本音のお話でございます。




理髪店「理髪 なつこ」。


昼下がり。

表は静か、店内も静か。


カラン……♪


「よぉ、邪魔するぞ」


アルおじさん、アイゼンハワードが、ふらりと入ってくる。


「いらっしゃいませ」


なつこは、いつもの笑顔。

……のはずが、どこかよそよそしい。


「少し……伸びてるわね、アルさん。今日はヒゲを剃りましょうか」


「うむ、任せる」


椅子に腰を下ろすアル。


白い布がかけられる。

クリームが頬に乗る。


指先が触れる。


――近い。


心臓の音が、聞こえそうな距離。


「……静かじゃな」


「ええ。最近は、みんな家にいることが多くて」


「そうか」


それ以上は言わない。


なつこも、言わない。


ただ、カミソリを手に取る。


スッ――


刃が滑る。


丁寧に、慎重に。


そのはずだった。


この“はずだった”ってのが曲者でしてな。

人生ってやつは、だいたいここから転がるんでございます。


次の瞬間。


ピタリ。


銀の刃が、アルの喉元で止まった。


空気が、凍る。


「なつこ……?」


アルは動かない。


ただ、静かに問いかける。


なつこの手は震えている。


カミソリも、かすかに揺れる。


「……私」


声が、かすれる。


「私……町を守るために、“悪魔と契約”したのよ」


沈黙。


外の風の音だけが、やけに大きい。


「……ほう」


アルは、わずかに目を細める。


「続けろ」


なつこの瞳から、ぽろりと涙が落ちる。


「この店もね……天道組に脅されたの」


「……」


「断れば、家族を人質にするって。借金も無理やり背負わされて……」


声が、崩れる。


「私……どうしたらいいかわからなかったの……!」


カミソリを握る手に、力が入る。


刃が、わずかに食い込む。


「なつこ」


アルの声は低い。


だが、決して強くない。


「そのままじゃ、血が出るぞ」


「……出せばいいじゃない!」


ついに、堰を切った。


「私のこと、もう信じられないでしょう!?

だったら……ここで終わりにしてよ!!」


涙が、ぽたぽたと落ちる。


「私、裏切ってたのよ……!

あんたのことも……この町のことも……!」


震える声。


「報告してたの……全部……!」


静寂。


ああ、出ましたよ。

本音ってやつは、いつだってこうして遅れてやってくる。

しかも一番まずいタイミングで、でございます。


アルは、ゆっくりと言った。


「やめなさい、なつこ」


その一言。


重い。


「俺の首を掻っ切って償うつもりか?」


「……」


「そんなもので、お前の罪は消えん」


なつこの手が、さらに震える。


「じゃあ……どうすればいいのよ……!」


叫び。


「私……助けてって……言えなかった……!」


ぽろぽろと涙が落ちる。


「怖かったの……!

誰かに頼るのが……怖かったのよ……!」


「……」


「強がって……笑って……

全部一人で抱え込んで……!」


嗚咽。


「もう……どうしたらいいのかわからないのよ……!」


アルは、目を閉じた。


そして、静かに言う。


「人はな」


なつこの手が止まる。


「助けてほしい時ほど、黙る」


その言葉は、優しかった。


責めるでもなく、諭すでもなく。


ただ、知っている者の声だった。


「……」


なつこは、声も出せずに泣く。


カミソリが、カタリと震える。


その時――


カラン……♪


天井の鈴が、揺れた。


小さく、切なく。


ふたりの間に落ちる音。


なつこは、ふっと笑った。


涙のまま。


「……この鈴……」


「うむ」


「最初に鳴らした人と結ばれる……なんて」


「馬鹿な話だな」


「ほんと……馬鹿みたい」


だが、その声はどこか救われていた。


アルは、ゆっくりと立ち上がる。


カミソリは、もう喉から離れている。


「俺は嫌いじゃない」


「……え?」


「人を信じたい、という願いがこもっておる」


なつこは、目を伏せる。


「私……赦されたいだけなのかもしれない」


「……」


「でも……本当に守りたかったのは、この町なの」


涙を拭いながら、顔を上げる。


「それが嘘じゃなかったって……証明したい」


アルは、鏡越しになつこを見る。


「ならば誓え」


「……え?」


「その鈴に誓え。お前の心が嘘ではないとな」


なつこは、震える手で胸を押さえ――


こくり、と頷いた。


「……はい」




いやはや。

恋だのなんだの言う前に、人はまず自分と向き合わなきゃならん。

それが一番、しんどい仕事でございます。




理髪店の夜。


鈴が、もう一度だけ鳴る。


カラン……♪


それは、約束の音か。


それとも、別れの前触れか。


まだ誰にも、わからない。




つづく

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ