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48.クズ兄を地獄の淵へ誘います

 ルンルンと歌いたいくらいに上機嫌なルーチェが屋敷に戻ると、ヴェラからライアンが呼んでいると伝えられたのでその足で部屋に向かう。いつもなら陰鬱になるのだが、今日は獲物を狙う狩人のように舌なめずりをしたい気分だ。


(ちょうどいいわ。どっちにしても、今日はライアンに話をするつもりだったし)


 決行日はいよいよ明日だ。ライアンの方にもひと手間加える必要があった。部屋の前で立ち止まると、ライアンと違いノックをしてから入る。返事は待たなかった。


「あ、お帰り。ちょっと頼みがあるんだよね」


 ライアンはお気にいりの寝椅子に横になって本を読んでいた。相変わらず当然のように頼みごとをしてくる。ルーチェはため息を返すと、書き物をする机の上に山ほど手紙が積まれていることに気が付く。ライアンがそれに手を付けていないのは珍しい。


「さすがに女の子の相手には懲りた?」


 これは王女がいい薬になったかしらと、淡い期待を抱いて問いかければ、ライアンはうんざりした顔で積まれた手紙に視線を向けて答える。


「あれ、全部王女からの手紙。可愛いご令嬢たちは気後れしているのか、ほとんど来ないんだよねぇ。最近社交界に出られていないし、隠居した気分」


 令嬢たちからの手紙が減ったのは、ルーチェたちが流している噂も影響していそうだ。確実に効果が出ていることを実感し、ルーチェは微笑みを浮かべながらライアンに近づいた。要件に入るのか本を閉じて身を起こしたライアンだったが、ルーチェに顔を向けると鼻をひくひくと動かした。


「この匂い……ブルーム家の誰かと会ったの?」

「え!?」


 直前の行動を言い当てられ、ルーチェは心臓が飛び出るかと思った。鼓動が早くなり、何故わかったのかと疑問が沸き起こる。


(え、まさか、私たちの計画がバレてるんじゃ?)


 唾を飲み込み、ライアンの表情から意図を見抜こうとするルーチェに対し、ライアンは何の気もなく言葉を続ける。


「その香水、ブルーム家のでしょ? 独特だから覚えてるんだよね。茶会にでも行ってたの?」


 アレンとミアがつけている香水は珍しいものだとは思っていたが、移り香から言い当てるライアンは確かにカミラが言うように諜報に向いているのだろう。


「え、えぇ。アレン様とお話をしたのよ。少し縁ができて」

「ふ~ん。ルーチェから男の名前が出るなんてね。まあいいや、それでお願いなんだけどさ」


 追及されることなく話題が変わったので、ルーチェは内心ほっとする。


「何?」


 何となく内容は察しているが、一応聞いてあげた。


「僕の代わりに王女との婚約断っといて」


 その本取ってぐらいの軽い口調。以前ならその態度に腹が立ち、言い返しても言いくるめられていたのだが、今日のルーチェは違う。二マリと口角が上がりそうになるのを持ち前の表情筋で押さえ、代わりに眉間に皺を寄せる。


「なんで私が」


 いつものように不機嫌そうに返した。


「だってもう王女に会いたくないもん。あの人の相手疲れるんだよ。全くこっちの話を聞かないし。ルーならその辺うまくやってくれるでしょ?」


 前は黒い感情がせりあがって来ていたところだが、ルーチェはかかったと内心ほくそ笑む。それを気取られないように、一つ一つ詰めていく。


「お母様とお父様は、何て言ってるのよ」

「断る理由を出せないなら、話を受けるって。……絶対嫌!」


 両親も計画通りの対応をしており、首尾よくライアンは追いつめられている。


「あんな我儘で自分勝手な女と結婚なんて、考えただけで鳥肌が立つ!」


 感情を押さえられないライアンは、ふかふかの寝椅子に拳を打ち付けた。物に当たるのもライアンの悪い癖だ。


「まあ、私もあの王女様が嫁いでくるのは嫌だから、協力してあげるわ」


 その返答に、天からの救いとライアンはぱぁっと表情を明るくした。もう終わった気でいるのか、再び寝椅子に横になる。


「助かるよ~。やっぱり、最後に頼りになるのは優秀な妹だよね」


 掌を返したような現金さに、どれだけ余裕があっても腹は立つ。そのがら空きの胴に飛びかかって鳩尾に肘を入れたい衝動に駆られるが、今は我慢とルーチェは拳を握った。


(ほんと、感謝の欠片もないわね。明日たっぷりやり返してあげるから、覚えておきなさい!)


 静かに息を吐きだすと、ルーチェはライアンを絡めとるように言葉を紡ぐ。


「それで、やり方はお任せでいいわよね?」


 すでにライアンの視線は読みかけの本に向けられており、王女の件に関する興味は失われていた。


「いいよ~。ルーの好きにして」


 その言葉を待っていたルーチェは、ライアンが見ていないのをいいことに極上の笑みを浮かべる。兄と同じ青色の目は、嗜虐的な光を帯びていた。


「わかったわ。それなら、明日王女と会うことにするけど、ライアンは大人しく屋敷にいてね」

「さすが仕事が早いね~。事が落ち着くまで僕はゆっくりするよ」

「ならいいわ」


 これで、全ての準備が整った。ルーチェは口角が上がるのを隠すこともせず、部屋を後にする。廊下ではヴェラが待機しており、部屋へと戻るルーチェに付き従った。ライアンの部屋から充分離れたところで、ルーチェは足を止めてヴェラに顔を向ける。


「言質は取ったわ。みんなに計画の実行を伝えてちょうだい」

「かしこまりました」


 ヴェラは一礼して、計画の中心である四人に伝令を走らせに行った。そして、ルーチェは戻ってきた両親と最終確認をし、明日の喜劇に胸を膨らますのである。


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