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第96話 白薔薇と高火力の騎士【挿絵】

 さて、長い昔話も終わるころ。


 二つの聡い聴覚は、部屋の外でガサゴソと動く物音を、聞きつけていた。


 ――ツカツカツカ、バン!


 大股で近づいたニュクスが勢いよく扉を開けると、どちゃあ……と子どもたちが部屋になだれこんでくる。


「キュイッ!」と飛んできたぽにすけが、アリアの頭に止まった。


「姫君!」


 いち早く身を起こして主に駆け寄ったのは、――世にも美しい相貌(そうぼう)の持ち主。


「なかなか出てこられないので心配しておりました……! たとえピュティアの若がオルフェンといえど、しょせんは男。みな、信用なりませんから」


「うわ眩しっ」


 ピカピカとした顔面の圧に押され、アリアは手のひらで目元を覆った。


 ティルダ・ハーゼナイ。


 悪逆非道な伯爵の奴隷だった少女は、アリアが寝こけていた一日のうちに、その瞳を覆っていた灰色の髪を綺麗に整えていた。


 癖一つないサラサラの髪の下から現れたのは、切れ長の大きなガーネットが印象的な、凛とした美貌。


 こざっぱりと切り揃えたショートボブを耳にかけ、男物のシャツとサスペンダーでスラリとした体躯を包んだ様はまさに、男装の麗人であった。


「ティルダ、あなたちょっと顔が強すぎるわ」


「何を仰います、姫君!」


「ヒッ!」


 発光する生命体はさらにドゥルン! と近づき、アリアの手を取ると、恭しく口づけを落とした。


「あなたの輝きはこの世をあまねく照らす光。わたしなど御身の前では薄汚れたスラムの犬に過ぎません。――さあどうか、目をそらさないで。なにものにもたとえることのできないその眼差しを、わたしに注いでください」


 ――ぶわわわっ


 古書と実験器具ばかりが(うずたか)く積み上げられた家に、いずこからか湧き出した白薔薇と光が舞い散る。


(ちょっ圧が……! 圧が強い……!)


 耐えかねてアリアが目をそらすと、ティルダは「ウッ!」と胸を押さえた。


 芝居がかった仕草も、無駄に絵になる。


「さすがは姫君……! 犬ごときが御身のおこぼれをほしがるなど身の程知らずということですね……! 高貴で冷たいその審判、まさに王の気質……!」


「ティルダ、少し落ち着こうか?」


 アニスになだめられている様子を見ながら、アリアは遠い目をした。


(いや~。まさか、こんなにクセが強いとは思わなかったわ……)


 人目を惹きつける、凛々しい顔面。


 一度主人と決めた相手を、盲目的にずっぷりと信奉してしまう性質。


(間違いないわ、これ。十中八九、リクハルト・ハーゼナイの血縁者……!)


「アリア! アニスがスープを作ってくれたんだよ! 一緒に下いこ!」


 ぎゅっと腕を組んできたカネラに引きずられながら、「わあ楽しみ! ありがと、アニス!」とアリアはニッコリした。


「ネメシスさまが材料をたくさん持ってきてくれたのよ。ママみたいに上手には作れないけど、口に合ったら嬉しいわ」


「「合うに決まってる~!」」


 少しお姉さんなのがアニス、甘えん坊なのがカネラである。


 女子三人で仲良く連れ立ってキッチンへ降りていく後姿を、満面の笑みで見つめるティルダが続いた。


「はあ~……ほんと、かわいい。――食べてしまいたいくらい」


「「「!?」」」


 ボアネルジェスとニコス、そしてニュクスの男子三人は、ティルダの独り言を耳に入れてしまい、――何も聞いていなかったことにした。


「……おれらも行くか」


 ボアネルジェスの促しに「そだね」と頷きながら、ニコスはやや不満げな顔を背後の少年に向けた。


「ニュクスさま。……お察しの通り、ぼくら全員で聞き耳立ててたんだけどさ、な~んにも聞こえなかったよ。防音性能おかしくない? 鉛の板でも入れてるわけ?」


「少しくらい悪びれたらどうです……」


 ジトリと睨んでおいたが、当然、写し絵を展開する前には秘匿魔法(エレミテス)を掛けている。


 調子に乗ったクソガキであった過去の自分の姿など、アリア以外には死んだって見せたくない。


「アリアが信頼してるし、何よりあいつの命を救ってくれたから、おれらもニュクスさまを信じてるけどさ。……あいつがいやがることはしないでくれよな?」


「……」


 大事な女の子を守ろうとする少年たちがほほえましく、ニュクスはわずかに笑みを浮かべると、「子どものくせに無用な心配ですよ」と二人の頭を順番に軽くはたいた。


「あだっ!」


「でっ!?」


 ちなみにこの魔法使いは 蛮族の国(イリオン)育ちなので、軽くはたくといっても目の前に星が飛ぶくらいの威力がある。


 ニコスとボアネルジェスは涙目でふらつき、ニュクスは階下へ消えゆく灰色の頭に目をやって、幾度めかの短いため息をこぼした。


(まったく……。きみはまた、変なものに好かれて……)


 その筆頭がまぎれもなく自分であるという自覚は、特にない。






 結論から言えば、ティルダ・ハーゼナイはリクハルト・ハーゼナイの、実の姉であった。


 人狩りの襲撃に遭い生き別れとなった弟が無事に生き延び、それどころか大貴族プランケットの侍従(ヴァレット)として勤めていることを知ると、涙ぐんで机に突っ伏した。


 ぽにすけは、大振りのローストターキーを足元でガツガツと貪り食っている。


「あああ……! あの、わたしのあとをついて回っていたやんちゃ坊主が、立派になって……! 死ななくて、よかった! 生きててくれて、本当に、よかった……!」


 弟を想う、姉の黄金。


 アリアは眩しそうに目を細めてほほえんだ。


 ティルダは身を起こすと、キラキラと涙に輝く瞳で主君を見上げた。


「いかがですか、姫君……! リクは、弟は、しっかりやっていますか? ちゃんと姫君に仕えていますか!?」


「……。ええ! よくやってると思うわ!」


 やつの所業が所業なので一瞬考えたが、(まあお姉さまも国境伯の姫ではあるし)という無理やりなこじつけで頷いておく。


「……」


 だが、糞便にたかる蛆虫を見るようなニュクスの表情が、無言のうちに真実を返答してしまっていた。


「――どういうことです?」


 キラキラしていたガーネットがにわかに暗く陰り、笑みが圧のあるものへ変わる。


「まさかうちの愚弟が、姫君に失礼を働いたとか……? ――アッハハハ!」


 突然の高笑い。


(ヒッ怖! 何!? 何の笑い!?)


 ティルダは、テーブルの向こうからドゥルンと滑るように身を乗り出すと、ビビり散らかすアリアを覗き込んだ。


 その目は、全く笑っていなかった。


「姫君。わたしをごまかそうとされたのですか?」


「……!」


「あなたの慈悲深さは存じております。わたしが悲しむと思ったんですよね。――しかし、わたしはあなたの騎士。もし愚弟が姫君に無礼を働いたのなら、この手で引導を渡してやるのが、姉の情けというもの。わたしの心、おわかりいただけますよね? だって我が身も心も全て、あなたにすっかり捧げているのですから」


「……う、ぁ……」


 いつもはスラスラと動く口が、油を差し損ねたように固まっている。


 こめかみを冷汗が伝う。


 これまで、敵意や軽侮(けいぶ)にばかり挑んできたアリアは、ついぞ知らなかった。


 腰を低くして懐に入り、全幅の尊敬と信頼を向けながらグイグイとおのれのペースに引っ張り込むことが――自分がこれまで取ってきた戦法が、かくも侮りがたいとは。


「さあ、姫君」


 ティルダはプラチナブランドを一房すくうと、唇を寄せた。


「一から十まで、嘘偽りなく、あなたの(しもべ)に説明してくださいますね?」


 白薔薇の似合う高戦闘力の顔面に、ニッコリと圧力をかけられて。


 アリアは、プランケットにもらわれてからの一連のことを、実に初日から湖畔の宴に至るまで、(つまび)らかに白状させられることになったのだった。


お読みいただきありがとうございます!


日が空いてしまってすみません。

昨日仕上がっていたのですが、どうしても挿し絵を一緒につけたくて、今日のアップとなってしまいました。


イリオンキッズたち、わかりづらいと思いましたので、筆者作で申し訳ないですがイメージ図を描きました。

アリアやニュクスもついでに描いたので、イメージを崩したくない方はここまでのスクロールで…!


ティルダも最初から出す予定のキャラでしたが、このクセつよ本性を描写するまでに30万文字かかりましたね…

本当に、ここまで読んでくださっている方には感謝の念しかありません!!!!


もしお好みに合いましたら、下部の★5やブックマークを頂けますと、作者の励みになり更新頻度が上がります! よろしくお願いします!








▼挿し絵 イリオンキッズ








挿絵(By みてみん)


ニコスはガジェット(新しいもの)好き、ボアは礼儀正しいガキ大将、アニスはちょっと引っ込み思案なお姉さん、カネラは上に3人兄がいるプロ妹です。


メンゴリ姫を筆頭とした人物紹介ページも近日公開予定です!

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作者ピクシブアカウントはこちら→「旋律のアリアドネ」ピクシブ出張所
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― 新着の感想 ―
[良い点] 半獣は目の色以外は普通だと絵を見て改めて気付かされました。 カラコンとかあれば普通に紛れ込めそう。
[一言] 「愛の暴走騎士」に笑いましたw ティルダもメンタル強そうですね…w あんなにひどいことがあったのに前向きで救われました!
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