57:『バス通り裏』
滅鬼の刃 エッセーラノベ
57:『バス通り裏』
『水道完備ガス見込』と同時期に『バス通り裏』という帯ドラマをやっていました。
前者は日本教育テレビ(テレビ朝日)ですが後者は天下のNHKでした。
たしか、7時のニュースが終わった後の15分。1958年から1963年の六年間で1395回も続きました。水ガスが60年~63年ですから、バス通りの方が長寿で、時間帯から言ってもバス通りの方がメジャーだったのだと思います。
小さな庭を真ん中に お隣の窓 うちの窓 一緒に開く窓ならば ヤーこんにちはと手を振って♪
こんな狭い バス通り裏にも 僕らの心が通い合う♬
主題歌をなぞってみるとすらすら出てきます。パソコンで確認すると一字一句そのままで、ちょっと嬉しくなりました。
舞台は、ある町のバス通り裏。つまり庶民の町、中産階級の町という設定です。
美容院の家と高校教師の家という組み合わせで、その二軒の家の家族と子供たち。子供と言ってもハイティーンで、青春ドラマのハシリというような、日常系のドラマです。
詳しい内容は覚えていませんが、十朱幸代さんが出ていたのを覚えています。ググってみると、後に有名になった俳優さんばかり、当然ですが十代の役で出ておられます。
米倉斉加年、岩下志麻、田中邦衛、常田富士男、荒木一郎、佐藤英夫、宗方勝巳などなど……。
当時のドラマは生放送でしたので、当時高校生だった十朱さんや岩下さんたちは、学校が終わってからNHKに駆けつけて、本番までの4時間足らずで、本読みからカメリハまで済ませ、文字通りぶっつけ本番で演じておられたそうです。
岩下さんというと『ごく妻』のイメージなのですねえ。強くて貫録の有る、ちょっと怖い印象です。
若いころエキストラに産毛が生えたような役者をやっていたことがあるのですが、一度だけ岩下さんといっしょになりました。まさにごく妻のオーラを放っておられ(そういう役ではなかったのですが)リハと本番ですぐ横をすれ違う以外、休憩中などでは視野の端にも入れられませんでした(^^;)
その岩下さんも少女というよりは、まだ子供の面差しをされています。
米倉さんも、高校で演劇部の役員をやっていた時、劇団民芸の後援会の会長をやっておられた方がミナミで喫茶店をやっておられ、連盟の用事でお邪魔した時にお目にかかりました。
会長さんとサンケイホールで迷った話をしていると、前の四人掛けで新聞を読んでいた男性が顔を上げて「ああ、サンケイホールは迷うよねえ(⌒∇⌒)」と声をかけてこられたのが米倉さんでした。
なにか言葉を返せばよかったのですが、テレビや映画でしか見たことのない、それも、当時の僕らからすると高天原のような劇団民芸の幹部俳優さん! ゲシュタルト崩壊したようになってなにも返せなかったことを思い出しました。
「へぇえ~~~~~(⩌⩊⩌)」
気づくと後ろに栞。
「ちょっと後悔とかしてるぅ?」
「なんの後悔だ」
「お祖父ちゃん、そっちの方も向いてたと思うよ」
「んなこたあねえよ」
「そーお? 武者のおじさんより向いてたと思うよ」
「武者が役者にぃ? 聞いたことねえぞ」
「え、あたしには言ってたよ」
「ええぇ(⩌~⩌)」
「お祖父ちゃん出かけてるときに来たことがあってさ、お茶を出してあげたら頬杖付いてて『太宰治みたいですね』って言ったら『あ、太宰なら役としてはやってみたいかなあ』って言って、聞いたら、学生の頃は役者志望だったって」
「そりゃ、栞相手にカマシたんだ」
「うん、でも、思ったよ、役者にかけてはお祖父ちゃんの方だって。やっぱ、そういうチャンスはあったんだね」
「でも、そっち行ってたら栞は生まれてないぞ」
「え、あ、まあね……でも、人生の可能性とか想ってみるとかいいんじゃない、たとえ過去形でもさ。うん、ボケ防止にはなると思うよ」
「ハハ、ボケ防止か」
「今夜は泊っていくから、晩ご飯なにがいい?」
「え、泊るのかぁ?」
近ごろ友達とルームシェアのようなことを始めた栞です。微妙に意外なのですが「カレーがいいなあ」と返事しておきます。
急に家を出たり戻ってきたり、まあ、目くじら立てる歳でもありません。
トートバッグからはみ出た逆さの茶封筒には『大阪府教育委員会』の文字が見えました。
バス通り裏の二番の歌詞が浮かびました。
小さな花を真ん中に お隣の窓 うちの窓 向こうが閉じた窓ならば な~ぜだろうかと振り返る♪
こんな狭い バス通り裏にも 目に沁む煙~が流れく~る♬
☆彡 主な登場人物
わたし 大橋むつお
栞 わたしの孫娘
武者走 腐れ縁の友人(35回より故人)




