実は優秀な婚約者②
レティシアが落ち着いてから、俺はカークランドについて彼女に請われるまま話して聴かせた。
「じゃあ、やっぱりカークランド産の特産物が王都に出回るようになったのは最近のことなのね」
「ああ、俺が爵位を継ぐ少し前だな。銀鉱は儲かるが、危険も多い。鉱山で怪我をして職を失った鉱夫を何とかしてやりたかったんだ。他所から職人を招いて教育してもらった。まあ、最初は不器用でどうしようもなかったけどな」
俺は、腕輪を成形しようとして叩きすぎて板にしてしまった話だとか、細かい飾りを苦心して取り付けたが裏表逆だった話だとか、元鉱夫たちから見聞きした失敗談を語る。レティシアはくすくす笑っていた。前回素を出してしまった俺に合わせて堅苦しかった敬語もやめてもらい、だいぶ打ち解けたように思う。
「いずれ、銀鉱は枯渇する。だが、職人の技術は銀鉱がなくなったときにも必ず役に立つと思ってる」
「毛織物も?」
「そう、これはもともと女性の仕事だったが、本格的に織物工場を作ってそこに雇い入れている。カークランド領の働き手ってのはほとんどが鉱夫か兵士だ。そのせいで……不甲斐ない話だが、未亡人や孤児が多い。彼女たちが生活していけるように、できた織物は俺が買い取って行商の伝手を頼って王都で売るようになった」
おかげで、身売りする女は減ったし、口減らしに捨てられる子供も減った。
「交易は何を取引してるの?」
「仕入れは主に、毛織物に使える染料とか、装飾品の材料になりそうな貝殻や宝石のくず石だな。それを加工して、売り返す」
「売り返す?王都で売るのではないの?」
「いや、スヴェントに」
「え」
レティシアが固まった。
「スヴェントって、確か辺境領に面した国境線を争って小競り合いを繰り返している国、よね?」
「そうそう」
「え、どうやって?」
「山賊に売りさばかせてる」
「さっ……!?」
「あ、正確には山賊を装った、うちの傭兵な」
まあ、元山賊には変わりないが。
辺境伯の領地が荒れていたのは、何もスヴェント国との小競り合いのためばかりではない。山賊たちが出るせいで治安が悪いことも原因の一端にあった。そこで、この荒くれ者たちを味方につけることにした。
山賊はこの国にもスヴェント国にも属さない無法者たちであるが、野生動物のように強い者を統領に立て、その命令に忠実に従う社会性もある。彼らを従える方法は単純明快。山賊の統領を倒して、俺が統領になれば良いのだ。
俺は行商人に扮してわざと襲撃を受け、荷物を置いて逃げたふりをして物陰に隠れた。そうして彼らの跡をつけ、拠点に乗り込んで統領に正々堂々勝負を申し込み、伸した。で、しばらく彼らと生活を共にし、新統領として信頼されたところで身分と正体を明かした。ここでもひと悶着あったが、逆上するような奴は拳で黙らせた。
彼らには、「どうしても俺の提案を呑むのが嫌なら、領民に手を出さない限りはこの隠し集落のことは黙っておいてやる」と前置きしたうえで、「傭兵としてカークランド領主に雇われる気はないか?」と提案した。もちろん、「希望する者はうちの領民にして生活を保障する」とも。
もともと、行商人から奪った金品を後ろ暗い方法で売りさばき、生計を立てていた彼らだ。より安定した収入が手に入る方法をこちらから提示してやると、半信半疑ながらも頷く者がいたので、まずはカークランドで加工した細工物を、山賊のルートで売りさばかせた。するとなかなかいい値がつくとわかったものだから、作る側も売る側も俄然やる気を出す。しかも、これまで行商人を襲っていた山賊自身が行商することで、街道は安全を担保され、盗まれることによる損失もなくなる。
スヴェント国としては、こっちの国のものを盗んだ山賊から物を買い取ることにはあまり忌避感がない。単純に、損をしているのは盗まれた方の国なのだから。しかし、この山賊の正体が実はうちの傭兵となれば話は変わる。
「もちろん、いくら敵国とはいえこんな騙すようなやり方で小銭を稼ぎ続けるのは気が引けるから、うちの細工師たちがもう少し腕を上げたところで山賊は『掃討した』ことにする予定だ。
そうしたら、頃合いを見て今度は堂々と交易する」
後ろ暗い方法でなくなれば、今後はもっと販路が広がり、売れる量も増えるだろう。
ちなみに、売るのがちょっとした細工物というのも胆だ。あまりに高値がついてこちらが莫大な利益を出すと、スヴェント側に損をしていると思わせてしまう。
あとはこれまで通り、向こうの国から原材料を買い入れ、利益はこちらに損が出ない程度でとんとんになるように売って、それ以外は王都方面に出荷する予定だ。
スヴェントに交易で損をさせれば、向こうの資金力を削ぐことになるのだから、この国の有利にはたらくと思うかもしれないが、それは目先の利である。長い目で見ればスヴェントの、この国への悪感情を煽り、かえってこの国を攻撃する理由を与えてしまう。そうしてこの国は勝つとしても、戦えば必ずカークランドで犠牲が出る。
「いずれは、交易をもっと盛んにして、人の行き来を増やし、スヴェント国とも友好な関係を築ければいいと思っている。そうすれば、うちの領で命を落とす兵士はもっと減るだろう」