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ブラン・ニコラシカ(5)

  聞きなれない名前に、ブランは「ナナさんですか? 」と疑問的に呟いた。


「ああ、うちの店員だよ。鍵開けっ放しでどこか行くような子じゃないし、裏にでも居るんだろ」


 ナナ、というと女性のようだ。アロイスの酒場で働いている女性とは、どんな子なのか気になる。と、アロイスは笑いながらブランに話しかけた。


「しかしブラン。店は中も狭くて、外見通りだってガッカリしたんじゃないか? ハハッ」

「い、いえ! ですから、そんなことは! 」

「素直に言ったほうが俺は嬉しいぞ。それと硬くてすまないが、ベッドが無いから椅子を並べた場所に横になってもらうな」

「あっ、勿論ぜんぜん構いません! 」


 アロイスは中央に陣取ったテーブル椅子から、適当に4つほど引っ張って繋げ、ブランを仰向けに寝かせた。横になったブランからは、天井に垂れ下がっていた銀細工が施された、最も大きい一番星のランプが見えた。


「えーと、そうだ。忘れる前に、あれは店内に置いとくか……」


 ブランを寝かせたアロイスは、一旦出入り口に向かい、置きっぱなしだった大剣を店内に運ぶと、適当な位置にそれを立て掛けた。


「うーむ。これは店のオブジェになり得るかな。中々にジャマだし考えないとな……」


 アロイスはブツブツ独り言を言いながら、今度はカウンター裏に向かう。そして、ポケットに仕舞っていた岩塩をキッチンの適当な場所に置いてから、腰を下ろして、キッチン下の小棚を開いた。


「確か、薬箱はこの辺にあったっけな。解毒薬類もあった気がすんだけどなー……っと、あったあった」


 小棚から錠剤1つと紫色の塗り薬のチューブを1つずつ取って、キッチンにあった六角グラスに水を注ぐと、ブランに持っていく。


「うーっし、体起こすぞ。口も開けー、あーん」

「は、はいー。あーん……」


 ブランの背中を起こしたアロイスは、口に錠剤を放り込んでグラスの水を飲ませる。しっかり薬を飲んだ事を確認すると、ゆっくりと体を横に戻してから、右肘の傷口に塗り薬を塗った。


「これで数分もすれば起きれるだろ。あとはそのまま寝て休んでおくといい」

「ご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありません。この場所で寝てたら、お店のジャマですよね」

「いや、今日は休日だから気にしなくて良いさ」

「なるほど、そうなんですね。でもそうなると、折角のお休みを僕が潰してしてしまいましたよね……」


 ブランが溜息を吐いて謝罪し続けた。

 随分と低姿勢な性格に、アロイスは、

「よく謝るねぇ」

 と、隣の椅子に腰を下ろし、笑いながら言った。


「ハハ、もっと気楽に接してもらって構わんぞ」

「うぅ…すみません。僕は本当に昔からこんな性格でして……」

「優しい性格なんじゃないか。全然悪いことじゃないと思うけどな」

「いえ、僕が変に謝るせいで変に気遣わせてしまい申し訳な……て、また謝っちゃいましたね。すみません……」


 また謝る。さすがにアロイスは「ぶっ」と、吹き出した。


「ククッ、ハハハッ! なるほど、お前さんの性格は分かったよ、ブラン。その性格、俺は全然嫌いじゃないな」

「えっ? そ、そうですかね」

「ああ。お前さんはそのままで良いよ。とにかく今は休んでおけ。俺は適当に店内の手入れでもしてるからな」


 そう言ってアロイスは椅子から立ち上がる。

 ……と、その時。突然店の出入り口の扉が"ギィ"と開いた。

 二人が出入り口を向くと、そこには一人の女の子が立っていた。


「お、ナナ。どこに行ってたんだ」


 そこに現れたのは、やはりナナだった。


「すみません、お店の脇で草むしりしてました。アロイスさんが入ってくの見かけて直ぐに入ろうとしたんですけど、何かお話しててタイミングを見計らってて……」


 アロイスは「そうだったか」と返事して、そのまま椅子に横になったブランを紹介した。


「じゃあ紹介するよ。こっちはブラン君ていう冒険者だ。魔窟壕で襲われてたのを助けたんだが、毒が回って倒れちゃったんだよ」

「えっ、毒!?だ、大丈夫なんですか?」

「もう解毒済み。もうすぐ動けるようになるから大丈夫。何かあったら俺が対処するから問題はないさ」

「それなら良いんですけど……」


二人が交わすブランを心配する会話に、ブランは心の底から穏やかな気持ちになった。


(見知らぬ筈の僕を心配してくれて、本当に有り難い話だよ。アロイスさんにも出会ってなかったら、僕は死んでいたかもしれないし。でも、それにしても……)


 ブランは、アロイスと会話するナナをじっと凝視した。


(……ナナちゃんていうんだ。か、可愛いなぁ)


 肩まで伸びた煌びやかなオレンジ色の髪の毛を、猫の髪留めでサイドに結っている。大きな瞳は輝かしい。服装は黒のワンピースと色あわせのスカートに、ワンポイントで猫が刺繍された桃色のエプロンを身に纏う。身長は150から160くらいか。引き締まったプロポーションに、小ぶりながら胸はそれなりに……。


「……ブランさん、でしたっけ?」

「ひゃいっ!?」


 ジロジロ見ていたブランに、ナナが話しかけた。

 ブランは、凝視していた事に気づかれたと思って裏声で返事するが、ナナはブランのもとに近づいて、「ケガは大丈夫ですか? 」と優しく声掛けをしてくれたもんだから、罪悪感に溢れてしまった。


「だ、大丈夫です。えっと、こんな横になった格好で申し訳ないですが僕は『ブラン・ニコラシカ』と言います。よろしくお願いします」

「あっ、ごめんなさい。私は『ナナ・ネーブル』と言います。こちらこそよろしくお願いします」


 ニコリと微笑んだ彼女の顔に蕩けそうになるブラン。

 その隣で腕を組んだアロイスが、俺の時は積極的に挨拶しなかった奴が……と、苦笑していたりしたが、そんな事はつゆ知らず、ブランはナナに対して積極的に話かけた。


「えーっと、ナナさんはこちらで働いているんですか? 」

「はい。アロイスさんのお手伝いをさせてもらってます」

「そうなんですね。店員はナナさんの他にも? 」

「いえ、私とアロイスさんだけですよ」


 ナナは屈託ない笑みを浮かべて言う。

 彼女の笑顔や可愛らしさったら、ブランが今まで感じた事のない楽しさを心にもたらしてくれる。だが、ブランの歓びは、かくも打ち砕かれるまで1分も要らなかった。


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