ブラン・ニコラシカ(4)
「す、すみません……」
危うく転びかけた所を助けられ、ブランは、力なく礼を言う。アロイスは彼を心配しながら大き目の声で話しかけた。
「予想より毒回りが早いな。呼吸は出来ているか。俺の声は聞こえるな! 」
「大丈夫です…。力が入らないだけで……」
「返事は出来てるし、反応も問題ない。だけど歩けないなら……よし。ちょっと、背負わせて貰うぞ」
「えっ……、うわっ!?」
信じられないことに、アロイスは、冒険の為に積んでいた大量の荷物を背負ったブラン自体を背負ったうえ、十数キロも重量ある大剣を片手に握り、足早に走り始めたのだ。
(うそぉ……! 僕自身と僕の荷物、アロイスさんが装備してた大剣を合わせたら全部で百キロは下らないのに!? )
しかも、走り始めたアロイスは、表情も軽かった。
それどころか走り始めてからブランに何度も「大丈夫か」と声を掛け続け、ブランがそれに答える度に「もうすぐだから頑張れよ」と応援をした。
ブランは自分の情けなさに恥じながらも、彼の大きな背中に安心を覚え、心底アロイスと出会えていて良かったと感じた。
そして、驚くべき事に、走り始めて1時間も経過しないうちに。
「……もうそろそろ、洞窟を出るぞ!ブラン、大丈夫だな、元気だな!? 」
何という体力なのか。1時間もの時間を走り続けたアロイスは少しの汗を流さず、ブランに未だ大きい声掛けをする元気があった。
「はい、大丈夫です……。アロイスさん、それより凄い体力で……」
「こんくらい余裕だ! それより見ろ、出口だ!」
ようやく見えた出口。
最初は未だ遠いなと見えていた光も、アロイスの速度に掛かればグングン近づいた。
「飛び出すぞ!」
アロイスは魔窟壕から高々と飛び出した。それは、高さ十数メートル……それ以上あっただろうか。まるで飛び立つ鳥のように高く、背負われたブランは「うわぁぁぁ!?」と声を上げた。
(た、高すぎるってぇぇええっ!!)
足元には森が広がる。空を見上げれば、手を伸ばすと太陽が掴めてしまうんじゃないかと錯覚を覚えた。
「どうだ、高い位置から見る景色は綺麗だろー! 」
「確かに綺麗です。だ、だけど……! 」
飛び上がれば、当然落下する。アロイスは飛び出した勢いのまま、着地体制を取って森の中に突っ込んだ。土を踏み抜き、それらを捲り上げながら大きく滑り、ようやく停止した。
「ふぃー…。外だぞブラン。生きてるよな!」
「な、何とか……」
正直、麻痺毒よりも、あまりに高く飛び上がったことに死ぬかと思った
「よし、このまま俺の店に行くけど問題ないよな。さっさと解毒したほうがいいだろう」
「は、はい。何から何まですみません…。宜しくお願いします……」
ブランが小さく頭を下げると、アロイスは「おうよ」と、再び走り始める。
洞窟の時とは違い、足場の良い広い森の中で、アロイスはスピードを更に上げた。ブランの目には、流れる景色が何とも美しく映った。何と、風が心地いいことか。
(す、凄い……。本当に凄い。この人、本当に凄い……!)
アロイスは、まるで子供時代に夢見た『冒険者』という存在を具現化したような存在に思えた。幼き頃に感じた、心震わせる感動が蘇る。
「おっしゃ、もうすぐ着くからな!」
「は、はいっ!」
「しっかり掴まってろよ。しかし、最近は誰かしらを背負って走ってる気がするな……」
「他の方も背負ったんですか? 」
「考えたら、最近だけじゃなくて昔から結構そんな気もする。いや、まぁ良いか……」
首を傾げつつも、アロイスは走り続けた。やがて森を抜け、丘に囲まれた平坦な地に出る。草木が踏まれた道がいつの間にか石畳に変わっている事に気づくと、少し先に小さな建物が確認出来た。
「あっ、あの建物がお店でしょうか……? 」
「そうそう、あれが俺の酒場だ。以後、お見知りおきを!」
丘の中心に位置して光差すアロイスの酒場。
遠目に見ていた時こそ「素晴らしいお店なんだろうな」と思っていたのだが、ようやくお店に辿り着いた時、ブランは思わず苦笑いしてしまった。
(これがアロイスさんのお店? あ、あれー……)
それは木造平屋建て、三角屋根の小さな小さなお店。少し色褪せた木材に、まるで山小屋のような風貌。率直に言って、ちょっと古臭い。
「す、素晴らしいお店ですね……」
いや、酒場として珍しい建物じゃない。
しかしアロイスという強い男が経営しているにしては、少しばかりガッカリしたような気もして……。
「ハハハ、謙遜は要らんよ。正直言ってみ、外見は古臭いって感じなんだろ」
「えっ!?いえ、そんなことは……!」
「良いんだ良いんだ。元々崩れかけてた廃屋を利用して造ったもんだから、小さくて古臭いんだよ」
「な、なるほど……」
アロイスは笑いながら店の出入り口に向かう。
そして、大剣を玄関脇に立てかけると、ポケットから鍵を取り出す……が。
「あ、別に鍵は要らないんだったな」
そういえば、ナナが掃除をして待っていたんだった。
「ただいまーっと」
アロイスは木扉を押し込むと、見た目通りの軋んだ音を出してギギギと開く。
背負われたブランの位置からは、店内がよく見渡せた。
「わ……、雰囲気ある酒場ですね……」
店内には4人掛けのテーブル席が5つに、カウンター席が6つほど。外見通りやっぱり狭い。テーブルとカウンター席には、丸型ガラスに包まれた蝋燭の形を模した少しお洒落なランプが1つずつ置いてある。
また、カウンターの奥には大きな棚に酒瓶が並び、小さなキッチンに大きな鍋などが置いてあった。
すると、アロイスは店内を見回して、不思議そうに言った。
「あれ……鍵開いてるけどナナが居ないな。もしかして草むしりでもしてんのか……? 」




