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悠久王国のシロき王子(7)


「……出来ました! 」

「出来たよっ」


 夜。ナナと祖母は、王子のために腕を振るった晩飯を用意した。

 パン、グリルチキン、魚のオリーブオイル焼き、サラダ、ソーセージ、スープなど。食卓に並んだ鮮やかな料理たちは、見た目もさながら味も美味であって、ご馳走という言葉以上に当て嵌まるものはなかった。

 

「ほお、庶民にしては中々な料理だ」


 テーブルに腰を下ろした王子は、珍しく褒め称えた。

 ところが、料理を見渡すうち、王子はあるものを見て、例の我がままを言い始める。


「む……この魚はオリーブ焼きか。サラダもよく見れば豆が多いぞ。余は魚のフライに、ポテトをたっぷり使ったサラダが食べたい」


 それは、全員が食卓に座ったタイミング。そこで、普通それを言うか。


「ご、ごめんなさい。好みを聞いていれば良かったですね……」


 ナナは謝る。するとアロイスは「気にするな」と、すかさずフォローする。


「二人が作った料理は何でも美味いさ」


 アロイスの言葉に気持ちが和らぐが、王子はそれを無視して言った。


「余は王子だぞ。父は悠久王国の王だと知っているだろ。『余の言葉は父の言葉』だ。余の言うことを聞かないで、どうなるか分かっているのか」


 今のいままで、全てが思い通りになってきた王子にとって、誰かが逆らうことは許せなかった。ましてや、アロイスという男は自分にとって言うことを効かない最低の男で、彼を屈服させるためにも、ここは絶対に我がままを通すと考えていた。


(父上に逆らえなかった男が、父上の名を出せば余にひれ伏すに違いない。ひれ伏せッ! )


 昼間に父上の願いを拒否しなかった男なら、それを言えば言う事をきいてくれるだろう。そう、思った。


「……せっかく用意されたものだぞ。まずは一口でも食べてみないか」


 しかし、アロイスはそれを直ぐに飲み込まなかった。それが王子の面倒な自尊心に傷をつけてしまう。


「な、何だと……! 」


 王子はその場で立ち上がる。そして、あろうことか、魚料理とサラダの皿を持ち上げ、床に引っくり返したのだ。


「お前……! 」


 ナナは慌てて立ち上がって、床に落ちた料理を見てその場にひざを崩す。

 身体を震わせながら一言、

「ひどい……」

 と、涙目で王子を睨んだ。


「何が酷い! お前らが余の好みも聞かなかったのが悪いと謝っただろう。分かったら、さっさと作り直せ! 」


 王子は床に崩れたナナに向かい、指差して言った。

 だが、その瞬間。アロイスは傲慢たる王子の首元を引っ張った。

 王子が、

「うげっ!? 」

 と、苦しそうに声を漏らすも、そのまま、王子を居間から玄関に無理やり引きずった。


 そして、玄関の戸を開き、外の地面に転がす。

 今度は王子が地に這い、それに対してアロイスが、先ほどの王子と同じように見下ろし、指差して言った。


「シロ。お前はふざけた態度を取り過ぎだ。ここから出て行くか」

「な、何だと。余を誰だと思ってこんな乱暴を働いている! 」

「お前が王子だと威張れるのは王国内だけだ。ここはイーストフィールズ、お前の領地じゃない」

「ぐっ、な……何を……!? 」


 シロ王子は歯軋りして、アロイスを見上げた。


「ち、父上に言いつけてやる、こんな事をして……ただで済むと思うなよ! 」

「言いつければ良い」


 アロイスはひざを落とし、彼に目線を合わせて言った。

 ただ、その時の雰囲気はいつもの優しいアロイスではなく、怒りに満ちて戦う意思を持った、恐怖に貶める表情を見せていた。


「ひっ……!? 」


 元服を迎えたかばかり、世間知らずの大人になりきれない子供が、物凄まじいアロイスを前に、心底恐怖した。誰にも本気で怒られないたことのない子供が、自我に目覚めて初めて感じる他人の『怒り』という感覚に、寒気立った。


「く、くっ……!」


 しかし、そこは押されもせぬ王の血筋の所以だったのか、恐怖しても退くことはなく、シロは言葉を欠かしても強気な姿勢を崩さなかった。ここまで来れば、立派な才能かもしれない。


「う、うるさい……。余は王子だ。余は王子だぞッ!」


 だが、その姿勢すらも粉々に崩すよう、アロイスは重くドス低い声で言った。

「だからどうした」と。


「ひぃっ……!? 」

「お前に問う。ナナとお婆さんに謝るか。それが出来るか、出来ないのか答えろ」

「余、余は王子だ……から……」

「どっちだ」

「王子だぞ……」

「どっちだと質問している。ハイかイイエ、どちらだと訊いているんだ! 」


 アロイスは全身から気力を放ち、怒りの雰囲気をかもし出した。

 目の前の猛獣に、王子は震え上がり、

「わ、分かった……」

 いよいよ、屈したのだった。


「なら来い。謝るんだ」


 再び服の首根っこを掴み、猫を運ぶように玄関から居間に連れて行った。そこには汚れた床を掃除するナナと祖母の姿があって、アロイスは居た堪れなくなったが、王子の背中を押して謝るよう促した。


「……くっ」


 それでも王子は渋った。

 アロイスはもう一度背中を押す。手のひらから伝わる怒りに、観念した王子は、小さく小さく言った。


「わ、わる……、悪かった…………」


 悪びれた様子は無かったが、それでも謝罪の言葉を口にした。

 ナナは彼の言葉を聞くと、片付けていた手を止め、立ち上がり、王子に近づいて言った。


「……謝ったところで」


 王子を、ナナは涙を浮かべながら睨んで言う。


「わ、私は貴方を許せません……。だけど、謝った言葉が嘘じゃないと……信じます。だから、私たちが作った料理を今度は一口でも食べてくれますか」


 それを聞いた王子は悔しそうな顔をした。アロイスは三度、彼の背中を押す。


「くっ……。わ、分かった。食べる。食べればいいんだろう。食べるよ……」


 我が侭ばかり言っていた王子が、ついに折れた。側近や兵士たちが見たら、何という状況だと、きっと驚くことだろう。


「じゃあ座って仕切りなおしだ。良いな」

「……」

「良いな、王子! 」

「あ、あぁ……」


 促され、四人は腰を下ろす。そして、ようやく食事は始まった。

 すると何だかんだ文句を言っていた王子も、食べてみれば味わい深い料理に「旨いじゃないか」と、舌鼓を打った。……最初から素直に食べていればいいものを。


(やれやれ、子供にしつけを教えてるようだ。この分で1週間も持つのかねぇ……)


 たかが食事ひとつでこの騒ぎ、本当にこの先が思いやられる。

 出来る事なら、これ以上は問題を起こさないで欲しい。

 

 ……欲しかった。


 王子は素直に食事をしたと思っていたが、実は違った。

 この時すでに、彼の頭の中ではアロイスに対する憎しみが蓄積していたのだ。


(アロイス……。よくも余を愚弄してくれたな……ッ!)


 だが、正面からアロイスに打ち勝つのは到底無理だと本能で悟っている。だったら、こっちも考えがあるのだと。やがて、その思いは王子を行動させた。


「……っ」


 それは、全員が眠りについていた明け方の午前4時のこと。

 居間でアロイスの隣で布団を被っていたシロは目を覚ますと、朝日が完全に昇りきる前に行動を開始した。


(アロイス、起きるんじゃないぞ……)


 ゆっくりと起き上がる。自分の着用していた厚い上着を手に取って、薄っすらと日が差す暗がりの中、辺りを見渡す。


(ここか……? )


 居間にある小さな棚に手を伸ばし、ゴソゴソと金目のものを漁った。


(こんな家、逃げ出してやる……)


 そう、王子の手段とは『逃げる』ことだった。


(直ぐにでも逃げてやる。だけど先立つものが無ければ逃げ出せないしな。こんな家、父上に言って潰してやる! )


 僅かばかりの小銭を見つけ、それを懐に仕舞った。ついでに調理場に足を運んで、昨晩の残り物のパンやソーセージを、わざわざチーズのディップまで付けて朝食代わりに口に入れる。


(もぐっ……。うむ、旨い。では……)


 忍び足で眠りにつくアロイスの横を抜け、廊下に出て、そのまま玄関に抜ける。


(こんな家、さらばだ! 余は一人でも王国に帰ってみせる! )


 そして、外に飛び出した。まだまだ日は出ていなかったが、それでも町へと通じる林道と、あぜ道は何とか見える。走って、走り抜いて、町に出れば何とかなるだろう。


(も、もう少しだ……!)


 商店通りの入り口が見えた。これで何とかなる。そう思った。


「……えっ!? 」


 ところが、その入り口が見えた時。林道を抜ける寸前で、シロの目の前に、筆舌尽くし難いものが見えた。


「な、何で……!」


 揺らぐ指先で、それを指した。

 それは、林道の出口付近の木に寄り掛かって此方を見つめるアロイスだった。



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