3 前世の自分
エマを一度部屋から出し、一人になったマデリーンは過去の自分を振り返った。
十六歳になり、社交界デビューを果たしたマデリーンは同い年の王太子――ヴィルヘルムと出会う。
黒い髪と瞳を持つ容姿端麗なヴィルヘルムは、令嬢たちの憧れだった。
当時まだ婚約者がいなかったこともあって、次期王妃の座を狙った令嬢たちは熾烈な争いを繰り広げた。
マデリーンもそのうちの一人だった。
公爵令嬢という身分は他人よりも有利に働いたが、他者を蹴落とすことを厭わない傲慢な性格はヴィルヘルムにとっては嫌悪の対象となった。
彼は婚約する前からマデリーンを毛嫌いし、徹底的に避けていた。
嫉妬深い彼女はヴィルヘルムに近づく女たちを牽制し、時には嫌がらせをすることさえあった。
ヴィルヘルムは、そんなマデリーンの執着に疲れ果てていた。
しかし、身分的にもマデリーンより王妃に相応しい令嬢はいない。
結局、先代の国王が彼女を息子の婚約者に決め、マデリーンは念願かなって王妃となった。
その過程で彼が唯一心を抱いた女性に危害を加えて追い出すなど、悪行の限りを尽くした。
「私って……本当に、とっても最低な人間だったんだわ」
過去を振り返ったマデリーンは、無意識に呟いた。
自分から見ても、いいところが一つもない。
あの頃はヴィルヘルムが自分を愛さないことを不思議に思っていたが、よく考えてみればすぐにわかることだった。
自分が彼の立場になったとしても、愛することなどできるはずがない。
そう断言してしまえるほど、過去のマデリーンは悪に染まっていた。
公爵家の令嬢でなければ、彼女はヴィルヘルムと婚約などできていなかっただろう。
ただ、身分が高いと言う理由だけでその座に収まったのだ。
「今は帝国歴七六二年の七月……結婚してからちょうど一年が経った頃ね」
一年が経過しているということは、既にヴィルヘルムの愛する女性は側妃として王宮に上がっている。そして、彼の子を妊娠中だ。
前世ではヴィルヘルムは結婚してから半年が過ぎた頃、かつて愛した女性を正式に側室に迎えた。
国王が側妃を娶ることは珍しくないが、結婚後半年という期間だったため、社交界ではかなり騒がれた。
それも相手は、正妻によって引き剥がされた最愛の女性。
貴族たちは王妃と国王、そして王の元恋人の複雑な関係を面白おかしく噂した。
前世の自分を振り返り、出た結論は一つ。
「今思えば……最初からあの二人が結婚すればよかったのよね」
愚かにも、マデリーンは今そのことに気が付いた。
それを徹底的に妨害し、阻止したのはまさに自分だったのだが。
マデリーンのそんな努力は全て水の泡となり、結局ヴィルヘルムは彼女と結ばれた。マデリーンはお飾りの王妃となり、一人寂しく過ごす羽目になった。
(私のやっていたことって、何だったんだろう……)
そう思ったそのとき、再び扉がノックされた。
返事をすると、数人の侍女が扉の前で深くお辞儀をした。
「王妃陛下、失礼します」
「……」
どうやらお茶を持ってきたようだった。
侍女は慎重に室内に入ると、ティーカップをマデリーンのテーブルに置いた。
その光景を見た彼女が、ポツリと一言。
「……ああ、ありがとう」
「へ、陛下……?」
何気なく呟かれた一言に、侍女は信じられない様子でマデリーンを見つめていた。
(……何か変なこと言ったかしら?)
その反応を不思議に感じたマデリーンは、侍女に尋ねた。
「どうかしたの?」
「あ、い、いえ!何でもございません!」
我に返った彼女は慌てふためき、すぐに深く頭を下げた。
そんな彼女を見たマデリーンは、あることに気が付いた。
(……そういえば私、陛下に相手にされない腹いせで侍女にキツく当たってたっけ)
前世、マデリーンはヴィルヘルムからの無関心に耐えかね、自分より弱い立場の侍女たちに八つ当たりしていた。
『お茶が温いじゃない!さっさと淹れ直しなさいよ!』
くだらないことで怒り、ミスを犯した侍女をクビにしたこともあった。
マデリーンの横暴のせいで自ら辞めていった侍女も何人かいたと聞く。
(……本当、良いエピソードが出てこないわ)
ここまで長所がない人間も、逆に珍しいだろう。
ふと扉の傍に控えていた二人の侍女に視線を向けると、目が合った瞬間ビクリと肩を上げて視線を逸らされてしまった。
侍女がいることのありがたみに気付いたのは、三十年放置され、誰からも顧みられなくなった後だった。
お茶を運び終えた侍女たちは、扉の前で一列に並んだ。
(私が何か命じるのを待っているのかしら?)
特に用はないため、部屋を出てもらおう。
そう思って口を開く。
「出て行っ――」
出て行ってと言いかけ、マデリーンは慌てて口を噤んだ。
今までの彼女はキツい言い方で侍女たちを追い出していたが、そのような言葉を使ってばかりいたら誤解されてしまうだろう。
彼女は今自分が思いつく最も柔らかい単語を頭の中で並べ立て、口を開いた。
「……三人とも、ご苦労様。もう戻っていいわ」
「は、はい!陛下!」
いつもより穏やかなマデリーンに違和感を抱きながらも、侍女たちは運が良いとそそくさと部屋を出て行った。
残されたマデリーンは一連の事態からあることを学び、ようやくこれからの方針を決めることができた。
読んでくださってありがとうございます!
ブクマ、いいね、評価などしていただけたら励みになります!




