11 ロベルタ伯爵との対話
教会でのボランティアから数日後、マデリーンはロベルタ伯爵を王妃宮に呼んでいた。
悪女王妃として知られていた彼女が、特定の貴族を呼び出すことなど滅多にない。
強いて言うとするなら、気に入らない令嬢や夫人を呼び出して詰っていたことくらいだ。相手の令嬢たちに至らない点があったわけではなく、ただのマデリーンの八つ当たりである。
超が付くほどの最低な行為だし、あのときの自分をボコボコにしてやりたい。
彼女の目の前では、一人の男性が膝をついて礼を取っていた。
五十手前くらいだろうか、白髪が混じったグレーの髪を後ろで一つにまとめ、髭を生やしている。
「――マデリーン王妃陛下にご挨拶申し上げます」
「頭を上げてください。よく来てくださいましたね、ロベルタ伯爵」
マデリーンはにこやかな笑顔でロベルタ伯爵を迎え入れた。
王妃宮に男性を呼ぶのは、もしかすると初めてかもしれない。
男性と話した経験はあまりないせいか、少し緊張してしまう。
王妃宮の客間で、マデリーンは伯爵と向かい合って座った。
ソワソワして落ち着かないのは、ロベルタ伯爵も同じだった。
「ところで、今日はどのような御用で……」
評判の悪い王妃に突然呼び出されたともなれば、誰しもが不安になるのは当然のことだった。
いくら使用人たちと打ち解けたとはいえ、王宮の外の人間はまだ彼女のことを悪女だと思っている。社交界での振舞いや、みっともないストーカー行為を見ていれば誰しもがそのような印象を抱くだろう。
「伯爵に聞きたいことがあったんです」
「わ、私にですか……?」
マデリーンは狼狽える伯爵に尋ねた。
「ロベルタ伯爵は犯罪歴のある者を積極的に雇っていると聞きました。それはどうしてですか?」
予想外の質問に、伯爵は驚きながらも答えた。
「ルバーニ王国での、一度罪を犯した者の再犯率は六割近くになります。一見人の本質は変わらないのだということを表しているようにも思えますが……」
そこで、伯爵は一度言葉を切った。
マデリーンを真っ直ぐに見つめると、再度口を開いた。
「――更生できそうにない、どうしようもないヤツって、意外と少ないんです」
「伯爵……」
ロベルタ伯爵は若い頃、王都の警備隊を務めていた。
職業柄、犯罪者と関わることも多く、彼らの話を聞く機会もたくさんあった。
そこで知ったのは、誰もが望んで犯罪を犯しているわけではないということ。
「犯罪を犯した者は大体が貧民街の出身で……生きるために仕方なく、という苦渋の決断の末でした。貴族として生まれ育った私には、到底理解できないようなことばかりでした」
そのときになって、伯爵は悪にも少なからず理由は存在するのだということを知った。
貴族として何不自由ない環境で育った彼からしたら、想像もできない世界だった。
「それまで私は犯罪者を軽蔑していましたが、彼らの話を聞いて考えが変わりました」
ロベルタ伯爵は警備隊を退職後、事業を立ち上げた。
ルバーニ王国では一度でも罪を犯してしまうと、まともな職に就くことが難しい。
そのせいで、更生しようと努力していた者が結局また悪事を働いてしまうなんてのはよくある話だ。
「私は彼らを助けたいと思ったんです。二度と罪を犯してほしくない……そのような思いから、事業を始めました」
「伯爵……」
罪を犯してしまった者――この世にたくさんいるだろうが、マデリーンの頭の中に真っ先に浮かんだのは自分自身だった。
彼女もかつて嫉妬に駆られ、多くの者を傷付けた。いくら後悔しようが、それらの罪が消えるわけではない。
ロベルタ伯爵の言葉に、マデリーンは何だか泣きそうになってしまった。
こんな優しい心を持ち合わせた人が、貴族の中にいたのか。
「伯爵はとても素敵な考えをお持ちなのですね。私、感動しましたわ」
「王妃陛下にそう言っていただけるとは……光栄でございます」
褒められたことで安心したのか、伯爵の強張った表情が和らいでいく。
マデリーンは侍女の件をロベルタ伯爵に話した。
彼は彼女の事情を知ったうえで、侍女として雇うことを約束してくれた。
「ちょうど最近、邸の侍女が結婚で一人辞めたんです。空きがあるので、ぜひ明日からでもいらしてください」
「あら、それはよかった。すぐに彼女に伝えないと」
マデリーンは侍女を介し、つい先日話したばかりの彼女に伝言を頼んだ。
「今日はわざわざ来てくれてありがとう。お礼の品物を用意してるから、後日伯爵邸へ贈っておくわね」
「いえいえ、こちらこそ王妃陛下とお話できて光栄です」
マデリーンは、伯爵と固く握手を交わした。
ロベルタ伯爵が帰ったあと、一仕事終えたマデリーンは自室でくつろいでいた。
久々にソファに座ってゆっくりしていた彼女の元に、侍女がやってきた。
「王妃様、陛下がいらっしゃいました……」
「あら、そう」
本を読んでいる最中だったマデリーンは、適当に返事をした。
「あの、陛下が……」
「……」
そこでようやく、彼女は現実に引き戻された。
驚きで床に落ちた本が、パタリと閉じた。
「え!?陛下!?」
――何と、ヴィルヘルムが王妃宮を訪れたというのだ。
三十年間一度も来たことがなかったというのに、どうして……?
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