18話
茶会はその後、庭を眺めたり手前のテーブルに並べられた茶菓子を選んだりと進んで行き、それなりの盛り上がりを見せていた。
「わぁ。これ、すごく美味しい!」
「キャロットケーキですわ、エレン様。こっちはアップルクランブルです」
「わー、こっちもすごく美味しいです」
「エレン様、なんでも美味しそうに召し上がられるので、こっちまで幸せな気持ちになってきましたわ」
「本当に。いつもよりお茶が美味しく感じます」
・・あの女はそれなりに人に囲まれていた。周りに屯しているのはやはり、殿下の婚約者候補になどなり得なかった下位貴族の娘たちが大半だけれど・・それでもあの女が調子づいている姿を見るのは面白くない。今日私はあの女の惨めな姿を見るために、この茶会を開いたのよ!
侍女の一人が、紅茶のたっぷり入ったティーポットを手に、人々のところへおかわりを進めて回っている。エレン達のところへ声をかけに近づいてきた頃合いをはかって、私はその侍女の足に自分の足を引っ掛けた。
「きゃっ・・」
侍女の手を離れて、ティーポットが空を飛んでいく。無様に濡れそぼって下さいな。紅茶を被ってドレスに染みを作って帰ってきたら、殿下も呆れる事でしょう・・。
しかし。
私は見た。その一部始終を。
エレンは腰に吊るした巾着に入れていた扇を抜き、空を舞ったティーポットの底面辺りをフワリと凪いだ。軌道を変えられたティーポットは、菓子を並べたテーブルの方へと飛んで行き、そのままその上へ着地する。しかしその衝撃で、多少の紅茶が外へと溢れ、隣に置いてあったクッキーの皿を飛び上がらせた。その間に転びそうになっていた侍女を抱き止めたエレンは、再び空へと舞った皿とクッキーを、扇で一度、天へと打ち上げた。そして落下してきた皿を受け止め、その中へ同じく落下してきた、全てのクッキーを収めて見せた。
周囲がシーーンと静まり返る中、エレンは脇に抱き止めていた侍女に向けて、こう笑顔を向けた。
「お怪我は有りませんか、レディ?」
「は・・はいっ」
え・・どゆこと。ゴリラすご。
助けられた侍女が頬を染めている。周りの令嬢たちもキュンとしちゃってるよ。イケメンすぎるだろ、あのゴリラ。
目眩がしてきて、私はフラフラと力なく椅子へと腰を落とし、頭を抱えた。あの女の周りには人だかりが増え、賞賛の言葉が飛び交っているのが聞こえてくる。
もう・・もうどうしたら・・
どうしたらあの女に、思い知らせることが出来るの・・?
「・・あの女ぁぁぁ・・」
*****
「エレン様、さようなら。今日は色々お話しできて、楽しかったです」
「ええ、私もです。是非また機会がありましたら、お話ししましょうね」
「エレン様、私の家の茶会にも、お誘いしてよろしいですか?」
「はい。もちろん、伺わせて頂きますよ」
お茶会は無事に終わりを迎え、それぞれ迎えの馬車で帰路に着くことになった。お茶会って意外と楽しいな。美味しいお菓子も食べ放題だし、令嬢たちは皆優しいし。
お別れの挨拶に来て下さる令嬢の皆さんと言葉を交わしては手を振り見送って、を繰り返しているところだった。
「・・私は・・私は認めないぃぃ!」
唐突に、主催のマリアンヌ様がこちらへ突進してきた。人混みを掻き分け私の胸元を掴んだマリアンヌ様は、目に尋常ならざる睨みを利かせ、私にこう言った。
「あんたなんかっ・・! あんたなんか、卑しい貧乏人じゃない! 殿下に相応しい令嬢なんか、他に沢山いたのよ! それを殿下を誑かして・・この腹黒女っ!」
目にうっすら涙を溜めて、細い腕でポカポカと私の胸を叩くマリアンヌ様の様子を、私は振り払う訳にもいかず、呆然として眺めていた。
「おやめなさい」
そう言ったのは、美しい青い髪の美女。ハワード公爵家のセレーネ様だった。彼女の厳しい声音を耳にすると、マリアンヌ様はその手を止めた。こちらへ歩いてきたセレーネ様の、威厳ある睨みに晒されると、マリアンヌ様はまるで怯えた子犬のように、その身を縮こまらせた。
「いい加減になさい、マリアンヌ。この様な醜態を晒して、貴方は立場ある者として、恥ずかしくないのですか?」
「セ、セレーネ様・・」
「きちんと謝罪なさい。貴方が許されているのは、ただエレン様が寛大であるからです。今日の貴方の立ち居振る舞いは、本来ならば到底許されるべきものではないわ」
マリアンヌ様は目に涙を溜めて下を向き、ぎゅっと服を握りしめると、そのまま何も言わずに走り去ってしまった。
「あっ、マリアンヌ様・・」
「いけませんよ、エレン様。寛大なのは貴方の美徳ですが、あの様な無礼まで許しては、示しがつきません」
「え、でも・・私みたいのが殿下の婚約者って、納得できないのが当然ですし」
「・・・・」
「どっちかって言うとマリアンヌ様の言ってること、あってるなぁって。もっと相応しい方がいらしただろうって、私自身そう思って────」
「貴方って相変わらず、嫌な人ね」
え・・
セレーネ様はいつもの冷静さで、私の方をまっすぐに見据えている。面と向かって「嫌な人」と言われるのは初めての事で、私は戸惑って笑顔を引き攣らせた。
「貴方は知らないみたいだけど、マリアンヌは学生時代に、貴方に嫌がらせをしたという理由で、ジオラルド殿下から報復を受けたの。私のところへも連絡が来たわ。彼女と懇意にした者は同じく冷遇すると。その時の影響で彼女は、今も縁談が纏まっていない」
「え・・殿下がそんな事を? 私はそんな事をされた記憶もないですし、そこまでするような事では・・」
「全部貴方を護るためでしょう」
「・・え?」
「貴方に手を出せばどうなるか、彼女が見せしめのような報復を受けた後、貴方に嫌がらせをしようとする者は居なくなった。もちろんそれは、彼女の自業自得だわ。だけどね、彼女にそこまでしようと思わせるほど、彼女にとっては重要な事だった。私たちはみな幼い時からずっと、家の威信を背負って、王太子妃になるべく努力を重ねてきたのだから」
そしてセレーネ様は最後にこう言ったのだ。
「なのに貴方は相変わらず、そんなものは要らないと言うのね。そうやって無自覚に、殿下の愛を独占しておきながら。・・まるで私たちが馬鹿みたいじゃないの」
「・・あ、待って下さい、セレーネさまっ・・」
彼女が去っていく背中を、私は愕然と立ち尽くして、ただただ見つめる事しか出来なかった。
私の事で、マリアンヌ様がそんな目にあっていたなんて・・それに────。
"殿下の愛を独占しておきながら"
愛・・? そんなのじゃない。だって私が殿下の側に居たのは、護衛としてだ。これは愛とか恋とかそんなのじゃなくて、主従だったはずだ。よく言っても、長年慣れ親しんだ友情みたいなもの。
殿下は多分、私の身体についた傷の事を気にして、私の事を気にかけて下さっていただけで・・。
"俺の妃になるのが、そんなに嫌か"
「え・・」
あのとき殿下は・・どうしてあんなに怒っていたんだ?
待ってくれ・・
色んな事が一気になだれ込んできて、処理がしきれない・・。




