16話
「ごきげんよう、マリアンヌ様。本日はお招き頂きありがとうございます」
あの女はしおらしげに頭を下げた。私は心底冷たい目でそれを見下ろす。わざと開催日ギリギリに招待状を送ってやったのに、どうやら準備は間に合ったみたいね。王宮だから、さすがにドレスや宝飾品のストックくらいあるか。
「お久しぶりですわね、エレン様。ようこそおいで下さいました。今日はどうぞ楽しんでいって下さいね・・」
待ちに待った、この女をいびるチャンスですもの。今日はたっぷり楽しませて貰うわ・・!
この女との因縁は、学生時代まで遡る。15歳を迎える頃だった私には、「どうにか王子殿下の婚約者に選ばれるように」と、日々両親からプレッシャーを受けていた。それは私だけではない。高位貴族の令嬢ならば、皆同じであったと思う。なんせ、殿下と同年代で生まれたこと自体、最初の幸運のクジを引き当てた訳だから。
少等部の頃から隙あらば殿下に話しかけ、渡したラブレターの数は百を超え・・しかし何度お誘いしても、殿下の答えはいつも同じだった。
「もう相手は決まっている」
遠足のお弁当も、運動会のペアも、校外学習の班も、委員会も、そして高等部では、恋人を同伴するのが慣例となっている周年祭のダンスパーティーも・・常に殿下の隣に居るのは、このエレン・スペンサーだった。それが単なる右腕としてなのか、恋人としてなのか・・学園では常に論争の的となり、遂には謎のまま卒業を迎えることになるのだが。
一般的に婚約者を決める年頃であるこの頃、痺れを切らした私は、何とか殿下からエレンを引き離そうと、無記名の手紙を出して、エレンを放課後の音楽室に呼び出した。そこに金で雇った暴漢を潜ませて、殿下の護衛だなんて称していつも側に居るあの女に、怪我をさせようと画策して。
柱の影に隠れて、音楽室の様子をそっと盗み見ていると、ドカンという音と共にドアが破れ、中から転がり出てきたのは、目出し帽を被った男の方だった。唖然としたところに出てきたあの女は、平然とした様子で首を傾げた。
「何なんだ一体・・いきなり殴りかかってくるから倒しちゃったけど、誰なんだろう、この人?」
(なっ・・あの女、武器を持ってなくてもあんなに強いの!? ゴリラじゃないのっ)
「何をしている」
不意に後ろから声がして、私は驚きで飛び上がり、そして言葉を失った。そこに居たのは、焦がれて止まない至上の存在・・ジオラルド殿下だった。
「あ・・ぐ、偶然通りかかったところ、突然ドアから、人が・・」
突然のことに動転し、辿々しくではあるが、なんとかそう答えると、殿下は私に冷たいような一瞥をくれただけで、あの女の方へ向かった。
「エレン、どうした?」
「あ、殿下。音楽室に入ったら、突然この男が殴りかかってきて・・。反射的に倒しちゃいましたけど、大丈夫だったのかな・・」
「お前はどうしてここに?」
「実はこんな手紙を貰いまして。相談したいことがあるって。もしかしてこの人が、相談者・・?」
「そんな訳あるかバカ。この男に事情を聞く。今のうちに手足を縛っとけ」
「あ、はい」
「この男が差出人も知ってるだろう。・・意外と近くに居るかもな」
殿下はそう言って、冷たい碧の瞳を、こちらへ向けた・・。
────まずい。
気が動転しすぎて、私はその場から一目散に逃げ出した。
地獄はそこから始まった。
『マリアンヌ・レイモンドはエレン・スペンサーに対し卑劣な嫌がらせ行為を行った。卑怯者に制裁を与える。彼女と懇意にしたものは同じく冷遇する』
学園中にその通達が出され、私はそれから卒業までの約二年間、大きなパーティーから小さな茶会まで、社交界という場の全てから締め出された。きっとあの女が殿下に泣きついて、そう仕組んだに違いなかった。それからの私の惨めな思いは、到底忘れられるものではない。
(エレン・・あの時の恨み、今こそ晴らしてやる)
どうせあの脳筋ゴリラ、妃として相応しい教養など、ミジンコほどしか持ち合わせていないもの。令嬢たちの前でそれを曝け出し、さっそく評判を地中深くまで貶めてやるわ! 悪いけどこっちには、同じく貴方に恨みを抱いている仲間が何人もいるのよ。今日で更に仲間を増やして、貴方のような人間を王太子妃として仰ぐことなど到底出来ない、とでもする嘆願書でも送りつけてやろうかしら。
「まずはこんなのどうでしょう」
貴方に用意したのはかなりの下座・・婚約者に指定されて思い上がっているようだけれど、貴方は元々、貴族とは名ばかりの貧乏人。その事をみーんな知ってるって、もう一度思い知らせてあげるわ・・。
「うふふ」




