最終話 俺の冒険はこれからだ、でもスキルが料理
ソルトレインの冒険者ギルドは、夜になっても祭りのように明るかった。酒場兼用の広いホールには提灯の灯りが揺れ、酒の匂いと笑い声が溢れている。だがその中心に即席で作られた訓練場は、別の熱気に包まれていた。
「昇格試験、開始だ!」
審判役の声が響く。観客席代わりのテーブルに陣取った冒険者たちが「おおーっ!」とどよめく。
俺は深呼吸をしながら短剣を握りしめた。汗で掌がじっとり濡れている。
対するはDランク歴十年以上のベテラン剣士、ハナボー。スキンヘッドでひげ面。厚い胸板に太い腕。まさに「歴戦」という言葉が似合う男だ。木剣を片手で構える姿に、ただ立っているだけで圧迫感があった。
「坊主。鼻は気をつけろよ。試験中に折れたら困る」
「余計なお世話だ!」
観客席から笑いが起こる。「鼻折れ王子がんばれー!」「今日も鼻から始まるぞ!」
受付嬢が慌てて両手を振った。「こらこら! 真剣勝負なんですから静かに!」
けれど笑いは止まらない。陽気なギルドらしい雰囲気だ。
―
木剣が一閃。空気が切り裂かれる音に背筋が凍る。俺は「体術・回避動作」で身を翻し、「三秒加速」で懐に潜り込む。短剣がバルドの脇をかすめた。
「ほう……やるな」
ベテランの低い声。観客が「おおっ!」と沸く。
続けざまに斬撃が襲う。俺は踏鳴三拍子で地を蹴り、剣筋を紙一重で抜ける。木剣と短剣がぶつかり、乾いた音がホールに響いた。
「リーンいけー!」「負けんなよ!」
観客の声援が背中を押す。
(今までの痛みは無駄じゃない。積み重ねたスキルが、俺を支えてくれている!)
俺は必死で食らいついた。だがやはり重さが違う。木剣の一撃ごとに腕が痺れる。
―
「坊主、ここからだ!」
バルドの気合とともに、木剣が突き出される。速い――!
避けきれず、角度が悪く――
ゴンッ!
「ぐっ……!」
鼻梁に直撃。視界が白に弾け、呼吸が詰まる。膝が折れそうになる。
その瞬間、頭の奥で声が響いた。
《無属性スキル:料理の盛り付けがきれいになる》
(……いらねぇぇぇぇぇぇぇ!!!)
戦場で何に使えってんだ! 飾りニンジンでも彫れってか!?
俺は心の中で絶叫したが、当然誰にも知られない。観客からは「リーン大丈夫か!」「立て!」と声援が飛ぶ。
―
俺はふらつきながらも踏みとどまり、短剣を振る。だがバルドは木剣で軽く弾き飛ばす。床を転がり、審判が声を上げた。
「そこまで!」
ホールが拍手と歓声に包まれる。勝負はついた。俺の負けだ。だが――
「坊主」バルドが手を差し伸べてくれた。
「力はまだ足りねぇ。だが芯は悪くねぇ。スキルに頼らず工夫して動いたな。……気に入った」
観客も口々に叫ぶ。
「よくやった!」「根性あるじゃねえか!」「昇格試験にふさわしい!」
俺は差し伸べられた手を握り、立ち上がった。胸が熱い。
―
受付嬢が駆け寄ってきた。
「リーンさん、試験は残念でしたけど、本当にすごかったです! こんなに盛り上がった試験、久しぶりですよ!」
「……ありがとうございます」
隣に来たミザリーが目を潤ませて笑った。
「リーン、かっこよかったよ。鼻を打たれても立ち上がったんだから」
「……ありがとう。でも心の中は泣いてるぞ」
誰にも言えないが、くだらないスキルがまた一つ増えていた。料理の盛り付け……いらねぇ。でも、いらなくても構わない。俺は進むしかないんだ。
(俺の冒険は、これからだ)
痛む鼻を押さえつつ、俺は拳を掲げた。
「鼻折れ王子リーン・ボーンの冒険は――これからだ!!」
ホールは大笑いと拍手で包まれた。
陽気な音楽と笑い声に包まれながら、俺の物語は幕を閉じた。
――完。
ここまで読んでくださり、本当にありがとうございました!




