22刀
遠井moka
ナッツに気に入られた夏風と冬花は、高級住宅街のタワーマンション、最上階へと案内され大広間にてテーブルに溢れんばかりの豪華な料理を前にして固まっていた。
「ものすごくお高い食べ物のような気がしてならぬ」
向かい側に座る冬花は頷きながら、笑みを見せる。この部屋に通されるまで夏風と同様に緊張していたのだろう。緊張の糸がとけたのか、力を抜き夏風が初めてみる料理を小声で説明してくれる。この部屋の主、ナッツは二人を部屋に通したタイミングで電話が入ったらしく、外で通話中。
「三大珍味と言われているんです。黒い卵がキャビアで、こちらがフォアグラ・・・それでこれが」
「カタカナの料理が流行っていると・・・いや、拙者はまだまだ勉強不足だなぁ」
後ろ手で頭を掻きながら苦笑いすると、室内を見渡した冬花が小首を傾げた。
「マネージャーさんは?」
冬花がナッツのマンションへと案内される時、部屋の直前までマネージャーが同行していた。今は部屋の外で待機中だ。だから、不審に感じた冬花が多賀のことを聞いてきても不自然ではない。夏風は顎に手を当て考えるようにして返答した。
「なにやら急患が入ったらしいのだが・・・ちょっと引っかかりを感じてならないのだよ」
「夏風さん、引っかかりって・・・なにを言ってるんですか?お医者さんなら仕方がないことですよ」
冬花の返答に素直に頷けない夏風。2人がこんなにも急接近したのは互いにタイムスリップしたもの同士以外にも深い理由が存在する。時代は違えど、同じ【神風】の血縁だからか、口調が親し気になっていても気にならない。
「お邪魔しまーす。なになに2人して意気投合してるじゃない?あらやだ、あたしったら飲み物を出すのを忘れちゃったわぁ。ごめんなさいねぇ」
ナッツが戻ってきたことで冬花に引っかかりを伝えぬまま、2人の前にシャンパンが出された。同じ色の白ワインがグラスの中で小さな泡を吹き出させている。
「さぁさぁ、グラスを持って。夏風さん?ほら、どうしたのよ」
夏風の思案顔が変わらぬことに、気づいたナッツが席を立ち夏風の顔色を伺う。やっと我に返った夏風が苦笑いしながら、グラスを手に取る。
「それじゃあ、カンパーイ!!」
グラスとグラスをくっつけようとしたとき、夏風はナッツの表情が少しだけ変化したことに気づく。視線が冬花に向けられたまま動こうとしない。この光景はどこかで見たことがある。
(そうか、あの時と同じ光景だ)
夏風がいた時代では毒見をして食を通していた。誰かが上様に毒など持っていないか確認要員として呼ばれたことがある。何か仕組んだ視線に似ている。
冬花がグラスを口元に運ぶ寸前で、右手首を掴んで止める。駆け付けて行ったため夏風のグラスは派手な音を立て床に割れた。その音を聞きつけた冬花のマネージャーが駆け込む。
「な、なにしてるの夏風さん」
掴んでいた手を冬花のマネージャによって払われた。明らかに動揺するナッツ。やはり何かおかしい。無礼も承知の上でナッツの部屋から駆け出した夏風は、懐に仕舞ってあるスマホに電話を掛ける。コールは鳴るが出ない、本当に急患だったのか?不安の気持ちが夏風を焦らせる。どうして、出ないのだ多賀殿・・・
多賀が何者かによって倒されていたのは数分前のことである。




