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死霊の棲む廃園【夏のホラー2017】  作者: 江渡由太郎 原案:J・みきんど
第一章 ミラーハウス
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5 鏡界に潜む者 伍

 狭く入りくんだ通路を、行く当ても分からなぬままひたすらに走った。


 何度となく鏡の壁に衝突したが、副肝で作られるホルモン体内分泌物のアドレナリンの効果で興奮状態にあり、全く痛みは感じなかった。


 暫くの間、流星は手元の微かな明かりを頼りに、真っ暗な闇の内部でさ迷い続けていた。


 巨大な魔物の体内に呑まれてしまったのではないかという錯覚さえ感じる。


 どこまでも続く鏡の部屋には、出口など何処にも存在しないのではないかと思われた。


 無数に配置されている背丈よりも大きな鏡は、夥しい墓標に囲まれているとような恐怖心を植え続ける。


 流星はこのミラーハウスの小さな建物の規模を考えると、この建物に不釣り合いな程の広大な面積をさ迷っていることに気がついた。


「ここからは、生きては出られないかもしれない!?」


 脳裏を過った思いが言葉に出ていた。


 走り続けた足を止めると、絶望的なこの現状を受け止めざるえなかった。


 突然、何かが鏡面に張り付く不快な音が聞こえ始めた。


 鏡に写る自分の姿をかき消すように、血に染まった掌が鏡の内側から外側へ向かって張り手をしている。


 真っ赤な掌は強い衝撃を加えて内側から鏡面を割って、こちら側の世界へ這い出ようとしていた。


 いままで体験したことのない恐怖に全身が凍りつき、思考回路が断線したかのように何も考えることができずにいた。


 ただ目の前の血に染まった掌の鮮やかな赤だけが、流星を釘付けにして視線を逸らすこと忘れじっと見入っていたのだ。


 その鏡の内側の血の泥沼から、ゆっくりと浮上してくる一人の少年の顔が鏡面に現れた。


 血にまみれたその少年の双眼は流星を見詰めている。


「分かる?」


 その少年はそう言った。


 聞き覚えがあった懐かしい声であった。


 記憶の糸を手繰り寄せていくと、その顔と声が誰だか思い出せた。


「横田……総一郎……」


 流星は恐るおそるその名を口にした。


 横田総一郎は小学二年生までよく一緒遊んだ友人であった。


 学校のクラスメイトから”よこさん”と呼ばれていた。


「よこさん……何で!?」


 流星は小学二年生の当時の意識に退行していた。


「流星……助けて……」


 目の前の少年が泣きながら助けを求めていると思うと居ても立っても居られず、目の前の鏡を割ろうと試みた。


 拳で突きを加えても、脚で蹴りを加えても鏡にヒビが入るどころか傷一つつかない。


「どうなってるんだよ!?」


 鏡面が鋼に変わってしまったかのような硬度を前にして、何もできずいた。


「ご、ごめん……よこさん、俺、何もできないよ……」


 流星は膝から崩れ落ち、その場に座り込んでしまった。


「お前は誰の役もたっていない」


 別の鏡にはあの醜悪なピエロの姿があった。


 道化師は鏡の中で滑稽な躍りを踊って見せた。


「お前のお友達は、こっちで愉快にやってるよ」


 流星をからかうように手招きするピエロの黄色い眼は、邪悪に満ちていた。


「俺はお前なんかとここに残る気はない!」


「良い子の流星君は、大切なお友達を見捨てて行くのかい?」


 道化師が口を開く度に、鋭く尖った牙が流星を狙っていた。


「よこさんは、ここには居ない! ここには居ないんだ! 全部、幻だ!」


「いるさ。ずっとここに……」


 道化師は得意気な笑みを浮かべて、また滑稽な躍りを披露した。


 そして、横田総一郎が何故ここに居るのかを、小道具を使って紙芝居風に語りだした。


 総一郎の家族は遊園地へ遊びに来たのだが、当時の裏野ドリームランドは夢の国とは程遠い廃園間近であった。


 園内にはまばらに数名の人がいるだけで、ほぼ貸切状態とも呼べるものであったのだ。


 総一郎は遊園地の一日利用券で自由に遊んでいたのだが、ミラーハウスへ入ったっきりそのまま行方不明となった。


 総一郎の両親もミラーハウスへ入って隈無く探したが、息子の姿を見つけることができなかった。


 直ぐに遊園地関係者や警察官も園内を隅々まで探したが、横田総一郎という名前の小学二年生は見つからなかった。


 その後、横田総一郎の両親はそれが原因で離婚し、あの市営住宅からも引っ越して行った。


「ずっと、ここに居るのに見つけられないなんてね」


 醜悪なピエロは蛇のように二股に分かれた真っ赤舌を、耳元まで裂けている口の中から一瞬出して見せたのだった。


「オレはこの遊園地が廃園になってからというもの、ずっとこの日を待っていたのさ」


「ずっと待っていたって?」


 いったいどうなっているのか理解できずに困惑する流星の表情を、道化師は愉快そうに眺めいていた。


「流星、お前がここから出たいなら、出してやってもいい。取引しようじゃないか」


「悪魔なんかと取引するもんか!」


「流星、結論は一つだ。お前が愚かな選択をするとは思わない。このミラーハウスの中でこのオレに逆らうヤツはいない」


 流星は何とかこの苦境を脱する糸口を模索した。


 だが、この危機的な場面ではまともなことするら考えられずにいた。


「遅すぎたぞ、流星。お前の浅はかな考えはお見通しだ。ここの鏡全てを砕いたとしても、オレには実態がない。その意味はわかるだろう?」

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