3 鏡界に潜む者 参
探し求めていた建物は園内の外れにあった。
人気のアトラクションであるジェットコースターや観覧車といった大型アトラクションは園内の中心部付近にあるが、大きな通りから離れた場所にミラーハウスはあった。
外観は公衆トイレと見間違えるような小規模で簡素な建物である。
「これがミラーハウスなの!?」
莉奈はインターネットで見た画像よりも見劣りする実際のミラーハウスを見て、期待外れと言いたげに鼻を鳴らした。
「中に入るまでもないんじゃないか? 外観も朽ちかけてるし内部は危ないと思う」
流星は中に入るのを止めるためにそう言ったのだが、莉奈と幹博はここまで来たのだから中に入らないと無駄になると言った。
「お前たちはまだガキなんだから、中に入って硝子で怪我でもされたら俺が監督不行き届きだとお前たちの親に言われるからな」
星矢はまずは俺が中に入って確認してやると言うと懐中電灯を片手にさっさとミラーハウスの内部へと踏み込んで行った。
星矢が建物の中に入ってから十分が経過した。
この規模の小型のミラーハウスなら五分も掛からずに出て来れるはずなのだが、星矢の姿は出口から一向に現れなかった。
「中で何かあったのかも!?」
「何かって、何よ!?」
流星の言葉に、莉奈は兄のことを思い出したかのよう突然心配し始めた。
「中で鏡の破片で大怪我をしたとか……」
「それなら大声で助けを呼ぶだろう?」
幹博は出雲崎のお兄さんの助けを呼ぶ声が聞こえないから怪我ではなく、鏡の悪魔に喰われたのではないかと不安を助長させた。
性根の悪い建物というのは、人の恐怖心や恨み妬みを糧にして不の力を肥大化させる。
その肥大しきった力が人へあだなすのを”呪い”や”祟り”と呼ぶ。
このミラーハウスはまさに人間の欺瞞の象徴ともいうべき存在である。
「俺が中に入って探してくる」
流星がそう名乗りをあげると託生も一緒に着いて行くと言い出した。
「どうせ皆で入ろうと思っていたんだから、全員で行こうよ! 星矢が心配だから急ごう!」
流星たちを莉奈に急かされながらミラーハウスの入口へ足を踏み入れた。
悪魔の口を潜ると建物内部は闇色に染まっていた。
辺りは湿気と黴の臭いが鼻腔をつく。
懐中電灯は一つしか持ってきておらず、その懐中電灯は星矢が持って行ってしまったのだった。
流星は闇の中で皆の姿が見えず焦りを覚えた。
「皆、居るのか?」
各々が返事を返してくれるが、姿は見えないままである。
暗順応で暗闇に眼が慣れるのを待つまでもなく、突然小さな明かりが流星の背後を照らした。
「そうか! スマホがあったんだった!」
莉奈がスマホの液晶画面の明かりで辺りを照らした。
悲鳴と共に莉奈は後ろへ仰け反ると幹博とぶつかり、幸か不幸かそれが幸いして転倒だけは免れた。
「どうしたんだよ!? 何か出たのか!?」
「あそこに! あそこに! 女が居たの!」
莉奈の指差す方向を携帯電話の明かりで照らしてみた。
正面を照らすとそこには鏡に写った流星たちの姿であった。
「本当に人騒がせだな。ミラーハウスへ入ったんだから、鏡に映る自分の姿がそこかしこにあるのは考えれば誰でも分かることだろう!」
恐怖でたじろいでいる女の子に対して、幹博は呆れたと言いたげな口調で言った。
「そんな言い方するなよ」
託生が莉奈を庇ったのが面白くなかったのか、幹博は急に無口になってしまったのだった。
「ここで揉めていたって仕方がないだろう! 皆で協力して早く莉奈のお兄さんを見つけ出さないと!」
流星は皆のそれぞれの心がちりぢり離れていっていることに気づいた。
憎しみ合い争い合うことでまた新たな憎しみが生まれ争いが起こる。
人間の心に眠る悪しきものがそうさせているようなそんな気がした。
それが、これから起こるであろう恐怖の始まりとはまだその時は気づきもしなかったのであった。