2 鏡界に潜む者 弐
日中の最高気温は三十三度まで上がり、前日確認した最高気温予報よりも更に高くなっていた。
連日の真夏日で体が悲鳴をあげている。
流星は茹だるような熱気とむせかえるような湿度が気持ちのゆとりを奪い、苛立ちさを募らせていく。
出雲崎星矢が運転する自家用車には五人で乗車しているだけでも暑苦しいのだが、エアコンを入れているにもかかわらずクーラーの冷たい冷風は車内を冷やしてはくれなかった。
「暑い……」
各々が発する言葉はそれだけであり、会話らしい会話もなく目的地へ向かって車は走り続けていた。
目的地へ到着したこれにはすっかり陽は暮れていた。
黄昏が降りて星が輝きを放っている。
満天の星空に一際異質な存在感を放っているのは大きな満月であった。
満月は見たこともないような赤銅色をしていた。
流星たちは車の外で夜風を浴びていたが、肌を撫でるようにぬるい風は陰鬱さと不快感を伴って眺めている赤銅色の月をよりいっそう不気味に見せた。
「これからどうする?」
眠たい目を擦りながら流星は莉奈に尋ねた。
今回の肝試しを持ち掛けた出雲崎莉奈は得意気な顔をして、集まった仲間の顔を見渡した。
「もうずく深夜一時。あそこに見える入場口から裏野ハイランドの敷地に忍び込むんだけど、最初にミラーハウスへ行きたいの」
「ミラーハウスはその名の通り鏡が張り巡らされている迷路だけど、このミラーハウスの本来あるべき姿が隠されているという怖い話もあるんだよな」
佐野幹博は色々な事に興味があり雑学の知識が豊富なため、その知識を披露せずにはいられなかったのだ。
莉奈は話の腰を折られたためにムッとした表情を隠しもせず、幹博の顔を直視した。
幹博はまったく悪びれた様子もなく、莉奈へ話の続きをどうぞという仕草をした。
「このミラーハウスでは、いままで信じられないような出来事が立て続けにおきているの」
「信じられないこととは?」
この中で一番怖がりな託生が躊躇いながら尋ねた。
莉奈はミラーハウスで起きた事件についてインターネットで調べてきたことを話し始めた。
事の始まりは裏野ハイランドのミラーハウス建設最中から始まっていた。
鏡をクレーン車で吊し上げ上げていた時に突然ワイヤーが切れて鏡が落下し、下で作業していた作業員の首が断頭刑で首が胴から離れるように亡くなった。
その後も不慮の事故は更に続いたのだった。
裏野ハイランドが開園し、ミラーハウスへ一番最初に入った男子学生が行方不明になった。
当初は行方不明の男子学生大学生という年齢から考えても、ミラーハウスで迷子になるはずがないということから別の場所で失踪したのではないかと考えられていた。
その後もミラーハウスで神隠しのような事件が多発した。
最後に行方不明になったのは高校生へ通う女子学生であり、鏡の前にはスクールバッグが落ちていたという。
それから暫くはミラーハウスの閉館が決まった。
暫くしたある日、そのミラーハウスへ忍び込んだ高校生たちが建物内部で行方不明になっていた女子学生を発見したのだ。
失踪の間の三ヵ月間の記憶が全くない女子学生は警察に保護され、無事に親元へ帰ることができた。
だが、女子学生の家族は娘に違和感を感じていた。
彼女に関わると怪我をしたり命を落としたりという事故が多発した。
母親は”私の子じゃない”とか”中身を取り替えられた”など心身を病み訳のわからないことを叫び明らかに錯乱状態であった。
そのため母親は精神科病院へと入院しそのままそこで亡くなったという。
女子学生は父親と一緒に引っ越しを繰り返して、今も何処か遠くでひっそりと隠れるように暮らしているかもしれないと莉奈は話を締めくくった。
「そんなヤバイ所へ行っても大丈夫なのかよ!?」
流星は莉奈の話が全て真実だとは思っていないが、不安な気持ちは風船のように心の中で膨らんでいった。
「人が失踪するなんて、ミラーハウスが人間を喰らっているみたいだよな」
「星矢、それいい表現だね!」
莉奈は益々調子づいて浮かれていた。
浮かない表情をしている託生がいた。
「大丈夫よ! 私たち以外にも肝試しで来ているからインターネットでも心霊地として紹介してるんだから! 怖がらせるための噂が広まっただけよ!」
幹博はまた知識を披露すべく話始めた。
鏡は人の姿を写すことができるために特別な力が宿ると信じられている。
神聖な力が宿った鏡は御神体として奉られる。
人の負の想いが宿った鏡は持ち主に害をなす祟りの品となる。
鏡は神や悪魔が宿ると言われている。
だから、廃園となったミラーハウスは新たな生け贄を求めて今夜その眠りから醒めると、幹博は恐怖を煽るようにワザとらしく誇張して言った。
余興はこのくらいでというように、莉奈はミラーハウスへ向かうために遊園地の入場口を潜って行った。
流星は遊園地全体から放たれている雰囲気の嫌な感覚を肌で感じていた。
得体の知れぬ恐怖から”ここに来てはいけない”と、もう一人の冷静な自分の理性が危険の警告を告げていたのだった。