1 鏡界に潜む者 壱
気温三十度を越える真夏日も夜七時を回ると陽が沈みかけ、薄暗さと涼しげな風を室内へともたらした。
流星は暑さから解放されつつあるこの時を自室のベッドの上でひたすら耐えていたのだった。
ベッドの下には同じ暑さに耐えた戦友ともいうべき存在のチワワが、窓から吹き込む心地好い風を全身に浴びながら気持ち良さそうに寝ている。
「今日はヤバかったな。熱中症になるかと思った」
一刻毎に空から明るさが失われ闇が駆け足でやってきていた。
早く陽が沈み辺りが真っ暗になって気温も一気に下がれば、窓から吹き込む風は益々火照った体を冷やすのに十分な冷たい風を運んでくるのにと日没を待ちきれずにいた。
「暗くなったら空を散歩に連れて行くか」
流星は独り言を呟いていると”散歩”という単語に敏感に反応した小型犬は目を覚まして、体をお越し伸びをして体の凝りを解してからじっと流星を見詰めていた。
「まだ行かないぞ! 外は暑かったんだからアスファルトがまだ熱くてお前の肉球火傷するだろう!」
言葉の意味を理解したかは分からないが、散歩には連れていってもらえないと判断したようで再び床の上に体を横たえて眠ってしまった。
「明日は友人たちと出掛けて、肝試しをするんだよな……面倒だな……」
流星は乗り気ではなかった。
正直な話、怪談や心霊などといった類の怖いのが苦手である。
”見えないのを見たい”とか”怖い雰囲気を楽しみたい”とか、面白半分な気持ちで肝試しに出掛けるのだが、流星の場合は本当に見えてしまうのだ。
死者が見えると言えば周りからからかわれる。
または精神疾患で幻覚が見えているのではと疑われる。
だから、流星は自分には特別な能力があっても誰にも話していなかった。
今日の日中に同級生の出雲崎莉奈が友人たちを炎天下へ呼びつけて、明日の心霊ツアーという名目の肝試しに誘ったのだ。
夜に車で遠出するために、莉奈の年の離れた兄で大学生の星矢に連れていってもらうのが、廃園となった遊園地の跡地である。
廃墟と化した裏野ドリームランドという遊園地には、亡者が犇めき合いそしてさ迷っていると噂されており、オカルト好きな莉奈の興味に火をつけたのであった。
今回の肝試しに参加するのは、超常現象などが大好きな佐野幹博と蕨野託生も含めて五人である。
流星はあまり乗り気ではないのに行くことを決めたのは託生が行くというからであった。
高校に入学してから仲良くなって以来、託生とは一番親しくしていた。
気づけば陽は完全に沈み静寂と闇が訪れていた。
先ほどまで窓から吹き込んでいた風も止み、暑さが息を吹き返して流星に苦痛と不快感で縛り付ける。
「忌々しい暑さだな! 明日は三十二度の予報だなんて最悪だよ!」
あまりの室内の暑さに、外の方が涼しいのではないかという安易な考えが脳裏を過った。
「気分転換に外へと出掛けるかな」
携帯電話の液晶画面に表示されている時計を見ると、いつの間にか二十三時になる時刻であった。
窓から顔を出して風を感じてみたが、風は止み外の家々は寝静まっていた。
ここより墓場の方がよっぽど賑やかなのではないかと思えるほど静かであった。
外へは遅い時間帯はなるべく出たくなかった。
家の向かいにある自動車修理工場に持ち込まれている幾台もの車両があるのだが、先日から持ち込まれた白色の乗用車の外に黒色っぽい作業着を着た男性が後ろ姿で立っているのだ。
流星は自分の目の錯覚かも知れないと母親に話した後日に、母親も同じ場所でその同じ男性を見たのだった。
流星の家に託生が遊びに来て、帰る時に玄関先まで見送りに出ると、託生も白色の乗用車の外に黒い作業着を着た後ろ姿の男性の姿を見た。
それまで流星は託生にそのことを話していなかったが、自分たちも見たと言うことを告げると事故車なのかも知れないと託生がそう考察した。
確かに修理に出してから販売するという話も噂程度に聞いたことはあったが、あんなに複数の人が同じ場所で同じ男性の姿を見るというのは偶然にしては出来すぎている。
このことがきっかけで、流星は託生に心を完全に許すことができることとなったのだ。
廃墟と化した裏野ドリームランドという遊園地でいったいどんな奇怪な現象に遭遇するか分からないが、流星は託生を守ろうとそう決めていた。
そろそろ寝ようかと就寝準備をしていると、突然携帯電話の着信音が鳴った。
スマートフォンを手に取り液晶画面を見ると、新着メッセージが届いているという通知が表示されていた。
それは、超常現象好きな同級生の佐野幹博からの連絡であった。
メールの内容は、”明日は裏野ドーリームランドのドリームキャッスルとミラーハウスへ行きたい”という内容である。
幹博がどちらから行くかを決めようということで、流星はどちらでも良かったがとりあえず”ミラーハウス”から行きたいと伝えた。
ミラーハウスは大規模なアトラクション施設ではないと勝手に想像し、簡単に早く事を終えてさっさと帰りたいとも考えていたのだった。




