ライトノベル作家のカロロンさん
私が受け持ったお客さんの中には、プロの作家になった人も何人もいる。
中には、私が二言三言アドバイスしただけで、簡単にデビューしてしまった人も。
そんな時、私はこんな風に思うのだ。
「アレって、私のアドバイスがよかったのかしら?それとも、あの人は元々そういう才能があっただけで、いずれはプロの小説家になっていたのでは?」と。
カロロンさんも、そんな内の1人だった。
それまで凡庸な作品しか書けなかったのに、私がちょっと言葉をかけただけですぐに変貌し、ちょっとばかし変わった小説が書けるようになった。
「うん!いいですね!随分よくなりました。元々、読ませる力はあったけれど、それにオリジナリティが加わった感じがします。このままがんばっていれば、いずれは…」なんて言ったものだ。
まさか、それでデビューできるとは思わなかったけれど。その作品は編集者の目に止まり、瞬く間に本として出版されてしまった。
時々、私はこう思う。
「実は、今の出版業界が求めている作品って、そんなにレベルが高くないのかもしれないな…」と。
カロロンさんが書いているのは、今どき流行の異世界を舞台にしたファンタジー小説だった。きっと、そういうこともあったのだろう。
正直、私が受け持っているお客さんの中には、もっと凄い小説を書いている人がいっぱいいる。もっとワクワクさせてくれたり、もっと衝撃を受けたり、悲しみや怒りや恐怖を与えてくれる小説だ。それに比べると、カロロンさんの書く小説は、まだまだ凡庸な部類に入る。
数年ぶりに、そんなカロロンさんから依頼があった。「自分の書いた小説を読んで欲しい。最近、本が売れなくなった。自分の書いた本を読んで、何が理由か突き止めて欲しい」という依頼だ。
私は、すぐに飛んでいった。
*
「おひさしぶりです」と私が玄関であいさつすると、カロロンさんは、すぐに部屋に上がるようにとせかしてくる。
「さあ、入って!入って!」
「はい。では、おじゃまします」
カロロンさんが住んでいるのは、都内にある3LDKのマンションで、ここに奥さんと子供と一緒に住んでいる。
「家内は出かけていてね。子供は、保育園。夕方の5時には迎えに行かないと」
「じゃあ、それまでに済ませないといけませんね」
私はチラッと時計に目をやる。現在、午後の2時過ぎ。まだ3時間近くある。
「作品は読んできてくれた?」と、さわやかな感じの男性がたずねてくる。とても女の子にもてそうだ。確か、年齢はまだ30歳に満たないはず。でも、そのさわやかさの中にも、不安やあせりを感じさせる。
「ええ、もちろん。カロロンさんの作品は、大体全部目を通してます」
「そうか。それはありがたい。といっても、大した出版点数はないけどね」
「まあ、こんなもんじゃないですか?まだデビューして数年ですし」
「それが、そうも言ってられないんだよ。他の業界がどうかは知らないけどね。ライトノベルってのは、入れ替わりが激しい世界なんだ。こんな出版数じゃ、食ってはいけない。1冊あたりが大して売れないならば、数を書かないと。どんどん新しい人が入ってくるしね。このままじゃあ、僕はお払い箱さ。せっかく、結婚して子供もできたっていうのに…」
「なるほど。お察しします」
「で、今回、そのコトなんだけど。どうだい?僕の作品は?このままでも売れそうかな?それとも、何か変えないと駄目?変えるとしたら、どこ?」
「ウ~ン…そうですね…」
私は、ちょっと考えた。言うべき言葉は決まっている。ただ、それをハッキリと言っていいものかどうか…
「いいんだよ。断言してくれて。それがミカミカさんのいいところなんだから」
カロロンさんに後押しされて、私は心の内にある思いを吐き出すことにした。
「では…」
「どうぞ」
「正直、カロロンさんがなぜデビューできたのかは、わかりません。いえ、決して全然駄目だったってわけじゃないんですよ。ただ、同じくらいのレベルの小説を書いている人は大勢いました。今でも、そうです。似たような小説を書く人は大勢います。きっと、私にはうかがい知れぬ何かが、編集者の方の目に止まったのでしょう」
ガックリと肩を落とすカロロンさん。
「言ってくれるねぇ。でも、そこがミカミカさんらしい。さあ、続けて」
「はい。なので、なぜ本が売れたかも、なぜ売れなくなったのかもよくわからないんです。ただ…」
「ただ?」
「“変わってないな”と感じます」
「変わってない?」
「そうです。カロロンさんの書く小説は、デビューした直後も今も安定しています。安定しておもしろい。でも、逆を言えば、何も変わっていないんです。読者というのは、常に変わり続けるもの。実際に、読んでいる読者層が入れ替わっているのかもしれません。それに応じて、書いている作品も変えていかないと」
「僕の小説が読者についていけていない?」
「残念ながら」
「フ~ム…」
「じゃあ、どこをどう変えればいいと思う?」
「具体的には申し上げられません。それは、自分で考えて自分で決めないと。細かい部分を指摘しても、余計に混乱するだけでしょうし」
「なんでもいいんだ。ミカミカさんが気がついたコト。なんでも言ってくれ!」
「そうですね…正直、私は“いい小説”を見抜くのを得意です。でも、“売れる小説”に関してはちょっと。もちろん、『これは売れるだろうな~』とか『こっちは駄目だろうな~』くらいの明かな差はわかります。ただ、その間の微妙な差というのは…」
「僕の小説は、その微妙な間に入っていると?」
「はい。その通りです」
「ウ~ン…ま、自分でもそれはよくわかってる。僕は、決して飛び抜けて質の高い小説を書いているわけじゃない。あくまで、目の前の読者を楽しませるだけの小説さ。それ以上の深みも重みもない」
「それがいけないのでは?」
「え?」
「書いている小説がライトノベルだからといって、軽めにし過ぎているのでは?読者を意識し過ぎているのでは?」
「…とはいえ、読者を意識せずに書くわけにいかないしな。これまでずっとそうやってきたわけだし。ちょっと難しかったり、期待を裏切るような展開にすると、すぐに読者からクレームが飛んでくる」
「小説って、そういうものでしょうか?ほんとに一番大切なのは読者?読者のために作者は犠牲になってもいい?その身をていして、粉々のグチャグチャになってしまっても構わない?」
「そうまでは言ってないさ。僕だって、僕なりの作家性というものは持ってやっている。少なくとも、持ってやっているつもりさ」
「じゃあ、それが中途半端なのでは?もっと自分を貫くか。あるいは、逆にもっと読者に媚びてみるのがいいかと。今のカロロンさんは中途半端が過ぎるように思えます。どっちつかず。もっと極端になった方がいいかと」
「もっと極端に…か」
「だけど、それが一般の読者に受けるかどうかは私にはわかりません。それでも、試してみますか?」
「そうだな…それは危険だな。だが、やるしかないか」
こうして、カロロンさんは深く何かを考えるように自分の世界へと入っていった。
私のアドバイスが必ずしも効果を発揮するとは限らない。そうそう、いつもいつもクリーンヒットするとは限らないのだ。上手く作者の心に突き刺さる場合もあれば、そうでない場合もある。それにより、作風が変わる時も、変わらない時も。また変われたからといって、それで書いた小説が売れるようになるとも限らない。
果して、今回はどちらだろうか?




