アクションゲーマーの悪役令嬢転生 ~乙女ゲーム?何それ美味しいの?~
久遠は転生した。
彼女は鏡の中に映る、銀髪赤眼の美しい少女を見て、深く考え込んでいた。
少女は、フリルがたっぷりとあしらわれた深紅の華やかなドレスを身にまとっている。
記憶違いでなければ、これは妹が大好きだった乙女ゲームの登場人物の一人だ。
リアナ・ヴォルアート。
物語における最大の悪役。
伯爵家の娘であり、王子と婚約を結んでいる悪役令嬢だ。
「確かこの子、断罪されて追放された後、……魔王になって主人公と戦うんだっけ?」
久遠は曖昧な記憶の中から必死に情報を探り出そうとした。
妹と違い、彼女が普段遊んでいたのは大体はアクションゲームだった。
妹は当時必死に布教してきたが、久遠はまったく興味を示さなかった。
ただ、妹がとても楽しそうに話していたことだけを覚えている。
「ヒロインって誰だっけ?」
久遠が覚えているのは、相手が確か田舎出身の平民で、聖女の力を持っているということくらいだ。
しかし、具体的な容姿や名前についてはまったく思い出せない。
「それから、原作はいつから始まるんだ?」
いくら考えても何も思い出せず、久遠はため息をついた。
「とにかく、まずは落ち着いて鍛えよう」
強くなれば、すべての問題は解決できる。
「少なくとも、この身体のポテンシャルはかなり高い方だ」
久遠は満足そうにうなずいた。誰でも魔王になれるわけではない。
「よし、まずはこの見るからに防御力のなさそうな服を着替えよう」
このような見た目重視のアバタータイプの服は、ステータス補正がまったくといっていいほど無い。
アクションゲーマーの目から見れば、ゲームの難易度を上げる以外に何の役にも立たない代物だ。
「お嬢様、何をされているのですか!?」
部屋の入り口で、若いメイドが甲高い悲鳴を上げた。
「ん?」
久遠は服を脱ぐ手を止め、入り口の方を振り返った。
「ああ、ちょうどいいところに来た。ちょっと聞きたいんだけど、うちに強そうな装備ってある?」
その日から、「お嬢様の頭がおかしくなってしまった」という噂が、ヴォルアート家にひっそりと広まっていった。
「はあぁっ!」
鎧を身にまとった銀髪の少女が剣を振るうと、目の前にある人間の背丈を超える巨大な岩が真っ二つに切り裂かれた。
ポニーテールに結んだ髪が凛々しさを際立たせている。
「リアナ様、あなたの技量はすでにわしを超えております。もはやわしから教えることは何もございませぬ」
傍らに立つ威厳ある老人は、実家が特別に招いた剣術の指南役であり、今なお帝国第一の騎士である人物だ。
岩の鋭い切り口を見つめながら、彼はため息をついた。
「いいえ、先生の教え方が素晴らしいからです」
久遠は謙虚な微笑みを浮かべ、剣を収めて一礼した。
(さすが伯爵家、この人脈は凄すぎる)
久遠は心の中で密かに感嘆した。
彼女が家に対して「強くなりたい」という意志を示した後、両親は呼び寄せられる限りの最高の教師陣を手配してくれたのだ。
魔法を学びたければ帝国屈指の大賢者。
剣術を学びたければ最強の騎士。
用意された環境はすべて最高峰だった。
そして久遠もその期待を裏切ることなく、すべての知識をスムーズに吸収し、自身の能力へと変えていった。
鍛錬の果てに覚醒した真の力。
深淵契約。
強力な魔物と契約を結び、その力を強化する代わりに自身も力を得る能力だった。
だが、発動時に魔物から黒い光が噴き出す演出がどうにも邪悪すぎる。
よほどのことがない限り、学院で使うつもりはなかった。
「リアナ様、来月には帝国学園への入学を控えておいででしたな?」
老人は髭をなでながら尋ねた。
「ええ」
久遠はうなずいたが、心の中では少し緊張していた。
いつ始まるのかは分からないが、本編のストーリーが学園で展開されることだけは間違いなかった。
「リアナ様、お馬車へお乗りください」
メイドが恭しく言った。
自分のドラゴンに乗って学院へ向かえば半日もかからない。
だが貴族としての体面を考え、その魅力的な案は諦めた。。
学園に到着し、久遠は初めて自分の婚約者と対面した。
第一王子。
見るからに優しく文静そうな金髪の青年。
「ごきげんよう、あなたがリアナ様ですね?」
(あ~、そうそう。確か妹はこういうタイプが好きだったな)
「ごきげんよう、王子殿下」
久遠は優雅に挨拶を交わしながら、心の中で思った。
(こいつ、見るからにめちゃくちゃ弱そうだな。一発殴ったらしばらく泣きそうだ)
もっとも、家同士が決めた婚約だ。
自分に拒否権などない。
その後も王子と会うたびに、久遠の評価は確信へ変わっていった。
(弱い……)
(なんであんなに走るのが遅いんだ?)
(あれで剣を振っているつもりなのか?)
「キャー、今日の王子殿下もとっても素敵~!」
周囲の令嬢たちのうっとりとした声が耳に入り、久遠は信じられないといった様子で遠くにいる王子を見た。
それから、令嬢たちを交互に見た。
「は?」
伯爵令嬢でありながら圧倒的な実力を持つ久遠は、自然と学院最大派閥の中心となった。
だが彼女の厳しい統制のおかげで、取り巻きの小貴族たちが問題を起こすことはなかった。
「そんなところで陰口を叩いている暇があるなら、体を鍛えなさい。ほら、学園の周りを50周走ってきなさい」
「50周!? 死んでしまいます!」
「口答えするなら100周だ。早く走りなさい」
「ひぃっ!?」
聖女が現れるのを待ち、早めに追放エンドを迎えようとしていた久遠だったが、いくら待っても一向にその人物は現れなかった。
「おかしいなぁ、いつになったら来るのか?」
仕方がなく、あちこちをぶらついては魔物を見つけて戦う日々を送っていた。
そんなある日、久遠は偶然にも狼の群れに襲われていた茶髪の少女を助けることになった。
「ぼーっとするな。パリィができないなら、せめてローリングで回避することを覚えなさい」
「あ、はい!」
茶髪の少女は意味を完全には理解できなかったが、反射的に地面をひと転がりし、不格好ながらも狼の爪をすんでのところで避けた。
「よし、ナイス回避。覚えておきなさい、魔狼の弱点は腰よ。こうするの」
久遠は流れるような一撃で、魔狼を真っ二つに一刀両断した。
「はい!」
「いいわね、あなた筋がいいわよ」
「リアナ様、私をあなたの親衛隊に入れていただけませんか?」
少女は目を輝かせながら願い出た。
「もちろんよ。私を慕ってついてくる者を拒むつもりはないわ」
久遠は口元に手を当てて、ほほほ、と笑った。
彼女は、少女の内に自分を引きつける何かがあるのをうっすらと感じていた。
(私の見立てが間違っていなければ、この子はかなり強くなるはずだ)
掘り出し物を見つけた気分の久遠は知らない。
目の前の少女こそが、この物語の主人公だということを。
世界を救う聖女その人だった。
そしてある日、久遠はクラスメイトからの挨拶を耳にした。
「お嬢様、今日も聖女様とお出かけなのですね」
「聖女様って誰のこと? スゥ、あなたのこと?」
彼女は驚いて、心当たりのなさそうな顔をしている少女を見つめた。
「あ、はい。教会の関係者の方々には、そう呼ばれているみたいです」
「そ、そうか……」
ストーリーを跡形もなくぶち壊してしまった気がする。
本来自分と敵対するはずの聖女が、今や自分の親衛隊の筆頭大将になっている。
これでは、魔王になって追放されるイベントは発生するのだろうか?
3秒ほど考えを巡らせた後、久遠は首を横に振った。
「まあいいか。レベル上げでもするか」
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