第零話 死者との対話
白音堂。
つめたい静寂が支配する、荘厳な堂内。
彩られた祭壇の奥には、やわらかな笑みをたたえた女像が鎮座している。
その御前、黒い床板の上にはひとりの青年がひれ伏していた。
顔前では一本の線香が、細い煙を立ち昇らせている。
「……ああ、そうなんだ。あいつ、今はもう家を継いでさ、立派な商人になったんだ。もうすぐ赤ん坊も生まれるって」
視線の先には誰もいない。ただ空虚にむかって、やさしく語りかける。
当然、返事はなかった。
両脇にずらりと並ぶ白装束の女たちは、まるで生気のない人形のように、冷めた面持ちで青年を見下ろす。
後方座席には、二十人ほどの老若男女がすき間なく並べられている。
ある者はあたたかな眼差しで青年の背中を見守り、またある者は遠くの女像に向かって祈るように顔を伏していた。
すべての人間が沈黙し、張りつめた空気の中で、咳ばらいすら我慢している。
そんな中で青年一人がうなずき、首をふり、時おり身振りをまじえながら、声を張り上げた。
「いいや。そんなことはない。だってお前は……ここにいるじゃないか。謝らないでくれ」
ふたたび言葉が途切れ、深い沈黙が落ちる。
青年はじっと耳を傾け、ああ、うん、そうだ。と静かに相づちを打つ。
かと思えば突如、あははっ、という彼の無邪気な笑い声が、丸く巨大な天井に反響した。
「……ああ、今日もあっという間だったな。じゃあ、またな」
そう言い残すと青年は口を閉じ、まるで憑き物が落ちたように笑顔を消す。
白い煙ただよう中、最後は壇上へ向かって深く叩頭した。
壇上の女像は大きな翅を広げ、変わらず微笑んでいる。




