第8話「柏木遥」
彼女が刑務所から出てきた時、私は愛車とともに待っていた。
「遥さん」
私は彼女と対面窓越しに対話を重ねてきた。
元夫で憎むべき男とはいえ同じ男を愛し同じ男に酷く扱われてしまった同士、分かり合えるものは多くあると思えた。彼女に苦労をさせてしまった事を詫び、可能ならば共にこれからを生きてゆきたいと願いでた。この事に関して言えば、周囲の誰もが賛同してくれた。
可哀想な彼女を救えるのは可哀想な私に他ならないとみんな思ってくれたのであろう。勿論その気持ちがなかった訳ではない。
彼女を出迎えるまで彼女の事を知ろうとその足を進めた。
彼女が働いていたゲームセンターの店員や風俗店の友人また疎遠になっている片親の母親。黒人女性で不真面目な性格な彼女であるがゆえに苦労に苦労を重ね、夢みた東京まであと一歩のところまできたそうだ。
まるで私の人生のようでもある。遊びばかりに耽っていながらも夢を追いかけ東京に。だけど悪い男に引っ掛かり、現実を知る。
その果てがこの冤罪事件なのだとしたら、なんという悲劇だろう。
彼女なら自殺してもおかしくないと私は思えた。
「ぐぅ……うぐぅ……ううぅっ……!?」
私と彼女は富山の奥地にある旅館で働きながら余生を過ごす事に。その中で親睦も深めた。家族同然と言える間柄になったので、隙はいくらでも突けた。だが、本当にそう感じてしまうまえに私はその計画を実行した。
九条天理、33歳は首吊り自殺で逝ったようにした。パソコンで書いた遺書を残して。
もっとも、この犯行が見破られたとしても私は何の悔いもない。
彼女は殺したのだ。裕翔を。
あんなに可愛い息子をあんなに酷い殺人犯と出会わせて。
それは殺人を犯したのと同罪に等しい。その憤りがおさまる筈もない。
全てをやり終えた私は息も絶え絶えに倒れこむ。
演じきった。罪人を許す遺族という何よりもしんどい女優を。
あれから数年、私は地元の石川県に戻った。私の犯行は明るみにでることなどなかった。週刊誌の記者が訊ねようものなら暴露してやろうかと思ったほどだが、誰も何も騒がない。ただ何となく私の人生は閉じてゆくものにしか感じられなかった。何だろう。視界が狭くなっていくように感じる。誰が断罪しなくとも、私自身が私をこうして断罪しているのだろう――
公園のブランコに乗る。
私はあれから職を転々としている。しかしあの復讐を為し遂げてから「女優」ではなくなった。高齢者介護の仕事を選ばずにやっているが、いく先々で暴力的だと退職を願われるばかりで。
煙草を吹かす。
地元に帰ってきたって何もなかった。何も。
空には星空が瞬くように浮いている。あのどこかに裕翔がいるのだろうか? 私もこの人生が散れば、その1つになるのだろうか?
気がつけば何故か私は埼玉県熊谷市の公園に来ていた。
そしてブランコに乗る。
「ここにいらしたのですね。これは奇遇です」
懐かしい声。
「元木さん」
「すっかり白髪になられて。別人かと思いましたよ」
「すいません。見苦しいものをみせてしまって」
「いいえ。今も煙草を吸われているのですね?」
「ええ。苦労ばかりで」
「…………九条さんの御悔やみを申し上げます。あんなに尽力されていたのに」
「…………ええ。でも亡くなった人はもう帰ってきませんから。裕翔にしても」
「こんな時に何ですけども、お話できるかしら?」
「どんな話ですか?」
「あの日おきた事の真実。私達の間で噂になっているものですけどね」
噂か。その程度ならば真実じゃないのだろう。
元木さんも隣のブランコに乗る。そして彼女は語り始めた――