副編24
「……シュリちゃんってさ、トロッコ問題とか知ってる?」
もう、ほとんど独り言だった。
トロッコ問題。
けっこう有名で、分かれ道の先には大事な人1人、知らない人5人。
自分がレバーを引かなければ5人は助かるが、大事な人は死ぬ。
逆に引けば、5人を殺すことになるが大事な人は助かる。
「あれね、正直俺はどっちでもいいと思ってた。誰が死んでも、心のもやもやが残ることには変わらない」
誰かが引けと言えば引くし、自分の意思任せなら迷って居る間に引けずに終わるだろう。
どちらにせよ、犠牲になるのは自分じゃない。
選んだ先に残るのは、引いた後悔か、引かなかった後悔か。
「…でもね、当事者になったら、急に自分本位になったよ」
そう。
俺は今、線路の上にいる。
そして、目の前にレバーもある。
しかも横にはシバがいて、反対側には俺が行けば助かるかもしれない病気の人たち。
レバーを引けば、俺が行けば。
いずれ、離れた対魂の俺たちはきっと死ぬ。
それが嫌だから、俺は自分の意思でレバーを引かない。
俺は、他人よりも、自分よりも、片割れが1番大事だから。
一方のシュリちゃんは、向かい側に立つダイチを見てレバーを引いた。
この先なんて全く分からない。
全て神野の嘘で、下手したら死ぬかもしれないのに。
もちろん、俺だってシバが向かい側にいたら引くかもしれないけど。
それでも、悩みに悩んで結局引かないかもしれない。
人間って、自分が思ってる以上に自分の優先度が高いと思ってる。
俺含め、ね。
しかも厄介なことに、自分なんて、って思っているほどだ。
「ねぇ。どうしてシュリちゃんは、迷いもせずにレバーを引けるの?」
怖くないの?
考え直さないの?
何度も聞いた問を、違う形にしただけ。
やっぱり残る!ダイチと死ぬ!って言われても、それはそれで困るけど。
……ああ、もう。
俺ってそれを聞いて、答えが帰ってきたとして、何がしたいんだろう。
「レバーってね、」
ぐしゃぐしゃと頭を抱えた俺に帰ってきた声。
「1回引いたら、やっぱりもう1回引いて変えようって気持ちにはならないの」
「………………」
「大事なのはその1回、引くか引かないかだけ。わたしは引く側だから、楽だよ」
シュリちゃんは、自分が犠牲側だから。
相手を犠牲にするより楽だと、そう言っている。
その声色に、さっきまでのか細さも、震えもない。
決意は変わらないと、そういうことだろう。
……楽なわけ、ない。
なんで人の代わりに実験に参加させられて、こんなことになってんだって怒ればいい。
神野に1発入れて、ダイチと生きる道を探すくらいできるだろ。
なんで、なんで。
せっかく出逢った2人が、離れなきゃなんないんだ…。
「……セトくん」
いつの間にかベッドの上に座っていたシュリちゃんが、こちらを向いていた。
俺も上半身を起こして向き合うと、彼女は胸元をぎゅっと握る。
「…ダイチが来るかもしれない。もし、もし来ちゃったら、わたしがゲートをくぐるまでは足どめしてほしいの」
ダイチが…?
俺は何も連絡してないし、シバだって知ってるはずない。
「ソラちゃんには明日帰るって伝えておいてもらってるけど、なんか……変、なの…」
胸騒ぎでもするのだろうか。
俺はすっかり忘れていたスマホをチェックする。
シバからの個人メッセージはあるものの、ダイチやグループメッセージは特にない。
シバのは後で返事するとして、ダイチがくる気配はなさそうだけど……。
「おっけ、万が一ほんとに来てたら全力でとめるよ」
俺はシュリちゃんにそう約束して、寝ようか、と声をかけて横になる。
ふと、スマホの画面が光って待受が表示された。
通知は、なんてことない充電のお知らせ。
自分で設定した、俺たち4人で写った写真。
「全力で、ね……」
…俺の病気がなくなったように、対魂なんて無くなればいいのに。
ダイチもシバもシュリちゃんも、当たり前に一緒にいられたらどんなに幸せか。
「……………」
そんな事を、無意識に思いながら。




