副編19
飛行機を降りてからは、流れるようにナハ宇宙機構の契約するホテルまで向かった。
途中何を話したかも、ホテルでとった夕食の味さえもあんまり覚えていない。
…というより、自分の中にまったく入ってこない。
気づけば、何もかもが進んでいて。
もう後には引けないような気がしていた。
「明日の午後には、ゲートをくぐろう。大丈夫、前の実験とは違って時空を変えるだけだから、カプセルには乗らない。来る前にも確認したから心配しないで」
神野はそう言い残して、俺とシュリちゃんに背を向ける。
閉じられた部屋には、また沈黙が流れた。
…一応友達とはいえ、高校生の男女を一室に置いていくのは如何なものかと思うけどね。
自分で言うのもなんだけど、俺見た目だけは軽そうに見られるし…。
まあ、俺にその気ゼロだから何も起きはしないんだけど…。
なんて心配していると、沈黙を破ってくれたのは彼女。
「わたしは泊まることを見越してたけど…セトくんは大丈夫?」
あぁ、そういえば荷物大きいもんね。
元々今日は帰らない予定だったのなら、納得だ。
「うん。とりあえず、荷物下ろそうか〜」
そう言いながら、シュリちゃんのリュックも持って足を進める。
部屋の奥には、ツインのベッドと最低限の生活用品が用意されていた。
ミニ冷蔵庫に、テレビ、ベッド横の照明…。
本当に、簡素だけど綺麗なビジネスホテル寄りの部屋だ。
はぁ、後で母さんに連絡しなきゃ。
友達と遊ぶから遅くなるとは言ったけど、泊まりになるのは想定外だったから。
…あ、シバにも連絡した方がいいかな。
でもシュリちゃんのこと、なんて言おう。
もしかしたら暇人2人で遊んでいるかもしれないから、
万が一ダイチにシュリちゃんといる事がバレたら説明が面倒だ。
……もう、2人が会えないことを知っているから、尚更。
とりあえず2人分の荷物を下ろす。
「シュリちゃん、奥と手間どっちがいい?」
「うーん……こっちにしようかな」
後ろからついてきたシュリちゃんが選んだのは、手前。
出入口に近い方のベッド。
1人ずつ、お互いが選んだベッドに座った。
「……ダイチに、」
少し間を置いて、シュリちゃんが下を向いて呟く。
「ダイチには、わたしの意思で帰ったって伝えて欲しい」
…ダイチからシュリちゃんについてもし何か聞かれたら、どうしようかと思っていた。
誤魔化したところで、絶対にボロが出る。
でも、とてもじゃないけど『お前のために旅立った』なんて…。
俺、シバ、シュリちゃんの過去の記憶なんて…。
うまく説明できる自信はないし、下手したらシバにまで影響が出るかもしれない。
それに、ダイチがどこまで信じてくれるかもわからない。
言ったところで、「なんで止めてくれなかったんだ」って言われるのが目に見えている。
だから、シュリちゃんの言葉は、有難くも頭が痛くもあった。
「…もちろん、セトくんがダイチから聞かれたらの話だよ。」
「うーん、止めなかったことを責められそうだねえ」
俺が渋ると、彼女は「そうだよね」と苦笑する。
俺だって、何が正解かわからない。
今すぐダイチに会いに来いって言えばいいのか?
でもそしたら、2人の身に何が起こるか…。
これ以上一緒にいることができないから、最後の挨拶もできずに旅立つことを決めた彼女の決意を。
俺には、とてもじゃないが踏みにじれない。
「わたしはね、ダイチのこと、好きなの」
少しだけ視線を上げた彼女は、続ける。
「見つけてくれた時から、大切で、大好きで。本当は、ずっと一緒にいれたらいいなって……」
あぁ…。
俺は思わず目を細めた。
ダイチの一方通行だと思ってたけど、全然違った。
だって、いつも感情を出していたのはダイチの方だったから。
見えないものって、わからないものだ。
こうして形にしてもらわないと、知れなかった。
シュリちゃんの想いを、心を。
…シュリちゃんは、自分を殺して、ダイチを選ぶんだ。
「きっと、元の世界でもダイチのこと好きだったんだろうな。未来で」
ふふ、と笑う彼女。
言葉の意図は汲み取れた。
実験に参加しなければ、普通に生活していれば。
シュリちゃんとダイチは、別の形で出逢って恋をしていたのだろう。
好きって気持ちは、自分じゃコントロールできないから。
あの人のどこがいいの?
あの人のどこが好きなの?
あの人のどこが魅力なの?
……そんなの、人に教えてやるな。
好きな人の良さは、自分が知っていればそれでいい。
他人に表現するほどでもない。
「だから、怖くないし、きっと後悔もないよ」
だって会えるらしいから。
そう続けた彼女は、やはり強い。
涙ひとつ見せずに言い切ったのは、
「……なんて。実感がないの、少なくともこの世界のダイチには、もう会えないなんて」
言葉通りだろう。
実感なんて沸かないに決まってる。
今この現実から保証もない知らない世界に行くなんて、中々決断できることじゃないだろう。
俺だって、明日を最後にシュリちゃんがいないこと。
ダイチの隣にシュリちゃんがいない日常。
少し前まで当たり前だった日々が戻ってくるだけなのに、全然実感がわかないよ。




