副編18
怖くないの?
不安じゃないの?
残りたいって、思わないの?
飛行機の中、隣に座るシュリちゃんに、何も聞けない。
「セトくん、顔色悪いよ?大丈夫?」
……聞くなんて、できない。
「…………うん」
こんな時でも俺を心配する彼女に、言葉が詰まった。
怖いに決まってる。
不安に決まってる。
…きっと、ここに残りたいって思ってる。
これから行く先で、何が起こるかなんて誰にも分からない。
帰す、なんて神野のはったりの可能性だって十分にある。
信用なんてしていない。
いつもの俺なら、「こんなやつの言うことなんて放っておいて、帰ろ~」と口にしていたはずだ。
言えないのは、頭をよぎる親友の笑顔。
ダイチのために決断したシュリちゃんを止めるなんて、俺にはできない。
本当は、2人とも一緒にいたい。
シュリちゃんが来てから、ほんの数週間。
いつも3人でいた俺たちに、いつの間にか馴染んでいた。
口数は少ないし、最初は表情の変化も多くなかった。
でも、気づけばよく笑い、感情も豊かで。
控えめではあるものの、彼女が置かれている立場なんて考えることもないくらい、楽しそうにしていた。
そしてその隣で、感情たっぷりに喜怒哀楽しているダイチをからかうのが、俺と涼の楽しみだった。
……だけど。
『…もう、時間が無いんだ。ダイチの方が、先に蝕まれる』
研究所を出る前。
せめて、1度家に帰ってから出直すのはどうかとせめてもの提案をしたが、却下された理由。
ダイチを引き合いに出されたら、何も言えないよ。
「ごめんね。ダイチとソラに、最後の挨拶をさせてあげられなくて」
シュリちゃんを挟んだ反対側。
通路を越した席に座っていた神野が、申し訳なさそうに眉を下げた。
シュリちゃんの魂が、記憶を取り戻してしまったことによりダイチの魂と反発しあっている。
時空を超えてきたシュリちゃんの持つ影響力は凄いもので、ダイチが負けてしまうのも時間の問題らしい。
そもそもが、元々ひとつのものを分けあった同士。
側にいれば反発するのに、離れると引き合いたがる。
…幸い、ダイチの方は対魂に気づいていない。
だから、お互いが完全に気づいてしまう前に、無かったものにしてしまおうという魂胆だ。
俺とリョウとは違い、違う時空の対魂。
普通に考えて、お互いが異物であるのに切っても切り離せないものなら、異常があらわれてもおかしくはなかった。
「……いえ。ただ、今までありがとうと、自分の口から伝えたかったです」
それだけが心残りになりそうです。
下を向きながらも少し上げられた口角。
そのまま目を閉じた彼女の手は、少しだけ震えていた。
「………………」
沈黙が痛い。
シュリちゃんはもちろんのこと、神野もそれ以上は何も言わない。
何か、何かないだろうか。
重すぎるこの空気に、一滴でも潤いを……
「あ、」
むむ、と考えた俺が思い出したこと。
ミズナさん、神野の助手。
ナハ宇宙機構へ向かうと言った俺たちとは違い、研究所に残ると言って見送ってくれた。
「俺、占い師してるミズナさんに会ったんだけど…」
誰に話しかける訳でもない。
独り言に近いトーンで発したそれ。
「あぁ。あの日、君たちの所に行っていたのか。ヒントはあげていたんだね、彼女も」
反応したのは、神野だった。
ヒント…?
じゃあ、あの日ダイチを呼び止めたのは、偶然じゃないのか……?
シュリちゃんのことを聞いてきたのも。
ダイチのネックレスに反応したのも。
「言っただろう、関わるようにできてるんだ」
思えばあの日から、俺たちの運命は変わっていった。
世界は狭い、なんてよく聞く。
ネットやバーチャルの世界が当たり前になっている今。
心置きなく話せる相手が、実はすぐそばにいたり。
普通に生活していたら、絶対に交わらなかったような人と交流したり。
性別も、地域も、年齢も超えて。
いずれ、俺たちのように時空を超える日が当たり前になる時が来るかもしれない。
俺は前かがみになり、軽く俯く。
「………………」
……それでも、世界は狭いのか?
限りない可能性を秘める、こんな世界が。
「…セトくんとも、あっちで会えるといいな」
ふわり。
髪の先に触れた指先。
「……そうだね…」
……やっぱり俺は、世界が狭いわけじゃないと思う。
広い広い世界で。
必ず関わるようにできてる存在。
「こっちで会えたんだから、どこにいても会えるよ」
キミも、俺が大事にしたい人の1人で間違いなかった。




