表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/93

夕餉の席で


 夜は彼の言った通り、山の幸をふんだんに使ったご馳走が出た。


 ナイフやフォークではなく、手を使って食べるものが多く、確かにこれは貴族令嬢に出したらまずいなとレティは思った。思いながら、まったく気にせずいただいた。どれも非常に美味だった。

 ウィルもルカも気にせず平らげている。串に刺した(あぶ)り肉を、あれだけ上品に食べられる人間を初めて見た。ちなみにルカはちょっとだけ野性的だった。


 汚れた手はボウルで洗い、清潔な布で拭く。めいめいの席にたたんだ布が置いてあり、替えも数枚置かれている。非常に気取らない食卓だが、ここは伯爵家だ。いいのだろうか。


 そんな事を思っていると、横にいたウィルが「これもおいしいよ、レティ」と野菜串を取ってくれた。


「ありがとうございます、ウィルさま」

「こっちのもうまいぞ。食ってみろ、チビ」

「いただきます、ルカさま!」


 隣と向かいから、それぞれ食べ物が与えられる。これもドルキアン流らしい。おいしいと感じたものを分け合い、談笑しながら食べる。相手の皿に取り分けるのも一般的なようだ。ギルバートも無表情のまま、レティに木の実の入った小皿を差し出してくる。


 とても嬉しいのだが、さすがに太る。

 ちなみにレティ達は、四人で向かい合っていた。


 広間ではなく、もっと小さな談話室だ。机は割と大きいが、互いに手を伸ばせば触れ合える程度の距離で、その上に大皿料理が並んでいる。めいめいが取り分けて、好きに食べる形だ。


 出されたのは串に刺して焼いた肉や野菜、魚、あとは食材を葉に包んで食べる料理だ。干した魚を水で戻して煮込んだスープに、熱々の焼き栗、芋、キノコ、山菜も山のようにある。果物も瑞々しく新鮮で、丸ごと皿に置かれている。そばにナイフが置かれていて、これで剥いて食べるらしい。


 重ねて言うが、ここは伯爵家である。確かに王都からは離れているが、いくらなんでも野性味が過ぎる――かもしれない。


 けれど。


「みんなで食べるとおいしいですねえ……」


 ちょっとどうかと思うくらいの量を皿に盛られながら、レティは幸せそうに呟いた。

 ウィルの屋敷でも思ったのだが、食事はみんなで食べる方がいい。ひとりでもご飯はおいしいが、誰かと一緒だともっとおいしい。


 ましてそれが大好きな人だったら、十倍おいしくなると思う。


「……そうだな、確かに」


 ギルバートがふと笑みをこぼす。


「我がドルキアンは、元々山の民だ。馬で荒野を駆け、自然と共に生きる。山で獣を狩り、鳥や魚を捕まえ、皆で分け合って食べる。そういう暮らしが馴染んでいる」


 貴族として生きるようになって大分経ち、その生活習慣にも馴染んできたが、自分達の本質はそこにない。焦がれるのは山と、風が吹き渡る荒野だ。


 どんなに飼い馴らされてしまっても、それは変わらない。

 ドルキアンの本質は狩人であり、獣であり、山を愛する孤高の民だ。


「だから、本当に大切な客人の時は、彼らに許可を得てこうして食べる。国王陛下も体験したことがない、我々の心からの歓迎だ」

「ギルさま……」

「それに」


 心なしか嬉しそうな口調で彼は言った。


「焼き栗を自分で剝ける令嬢ならば、きっと問題ないだろう。あとで栗を割る道具を届けに行ったガストルが絶賛していた。あの剥き方は天才的だと」

「え、ええと……それはどうも、ありがとうございます……?」

「確かにあれは見事だった」

「爪の使い方が職人の域だったな」


 ウィルとルカがそれぞれ頷く。ちなみに、二人にも分けたのだ。ほくほくした焼き栗はほろっと甘く、実もぎっしり詰まっていた。


「ガストルが君に何か言ったのではないだろうか。あれは私を案じている。君に迷惑をかけたならすまない」

「そんなことはないですよ。とてもいい方でした」


 おいしい焼き栗をくれたし、わざわざ謝りに来てくれた。彼に対しての悪感情はまったくない。


「それならいいが。妙に君を気に入っていたようだから」

「ああ、それは……」


 お頭の嫁さんにと言われたが、そこまで言う必要はないだろう。レティは笑って首を振った。


「お話が弾んだだけです。何も問題ありませんよ」


 そうかと彼は言い、話は終わる。

 その後も和やかな食事は続き、レティはお腹いっぱいになった。



    ***



「ふぃー……」


 湯あみを終え、寝巻きに着替えたレティは、部屋の明かりをつけていた。


 ドルキアンの湯あみは深い湯舟に首までつかり、体を温めるものだった。ボールドウィンとも似ているが、あちらよりお湯の温度は高い。そして湯舟は狭いので、二人入ったらかなりきつい。

 この状況で一緒に湯あみをする男女は、ものすごい技術を要するだろう。レティにもウィルにも、もちろんルカにも無理である(できてもやらないと思うが)。


 夕食の後、ウィルは一度部屋に戻り、ルカは鍛錬に参加していた。昼間の立ち回りを見て、がぜん興味が湧いたようだ。ついでに彼らから話を聞いてくるらしい。ギルバートも快く許可をくれた。


 レティは先に休むようにと言われたが、寝るにはまだ時間がある。

 持ってきた植物図鑑を手に取り、レティは椅子に腰かけた。


 あの花には覚えがある。はっきりとした確証はないが、どこかで見た記憶がある。だとすれば、ここに手がかりがあるかもしれない。


「青色の、スズランに似た葉っぱの花……」


 あの花の写し絵は頭の中に焼きついている。もう一度見たらきっと分かる。


「……よし」


 まずは花の一覧からだ。

 気合いを入れて、レティは本をめくり始めた。

 調べ物はその日、夜遅くまで続いた。

お読みいただきありがとうございます。とてもおいしい夕食でした。


※他人の取り分けがいらない場合は、小皿を伏せるか、花を一輪載せておきます。事情により食べられない人に向けたマナーです。もちろんレティはいっぱい食べます。

(使用人「え、まだ食べるの、この子……?」)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ