夕餉の席で
夜は彼の言った通り、山の幸をふんだんに使ったご馳走が出た。
ナイフやフォークではなく、手を使って食べるものが多く、確かにこれは貴族令嬢に出したらまずいなとレティは思った。思いながら、まったく気にせずいただいた。どれも非常に美味だった。
ウィルもルカも気にせず平らげている。串に刺した炙り肉を、あれだけ上品に食べられる人間を初めて見た。ちなみにルカはちょっとだけ野性的だった。
汚れた手はボウルで洗い、清潔な布で拭く。めいめいの席にたたんだ布が置いてあり、替えも数枚置かれている。非常に気取らない食卓だが、ここは伯爵家だ。いいのだろうか。
そんな事を思っていると、横にいたウィルが「これもおいしいよ、レティ」と野菜串を取ってくれた。
「ありがとうございます、ウィルさま」
「こっちのもうまいぞ。食ってみろ、チビ」
「いただきます、ルカさま!」
隣と向かいから、それぞれ食べ物が与えられる。これもドルキアン流らしい。おいしいと感じたものを分け合い、談笑しながら食べる。相手の皿に取り分けるのも一般的なようだ。ギルバートも無表情のまま、レティに木の実の入った小皿を差し出してくる。
とても嬉しいのだが、さすがに太る。
ちなみにレティ達は、四人で向かい合っていた。
広間ではなく、もっと小さな談話室だ。机は割と大きいが、互いに手を伸ばせば触れ合える程度の距離で、その上に大皿料理が並んでいる。めいめいが取り分けて、好きに食べる形だ。
出されたのは串に刺して焼いた肉や野菜、魚、あとは食材を葉に包んで食べる料理だ。干した魚を水で戻して煮込んだスープに、熱々の焼き栗、芋、キノコ、山菜も山のようにある。果物も瑞々しく新鮮で、丸ごと皿に置かれている。そばにナイフが置かれていて、これで剥いて食べるらしい。
重ねて言うが、ここは伯爵家である。確かに王都からは離れているが、いくらなんでも野性味が過ぎる――かもしれない。
けれど。
「みんなで食べるとおいしいですねえ……」
ちょっとどうかと思うくらいの量を皿に盛られながら、レティは幸せそうに呟いた。
ウィルの屋敷でも思ったのだが、食事はみんなで食べる方がいい。ひとりでもご飯はおいしいが、誰かと一緒だともっとおいしい。
ましてそれが大好きな人だったら、十倍おいしくなると思う。
「……そうだな、確かに」
ギルバートがふと笑みをこぼす。
「我がドルキアンは、元々山の民だ。馬で荒野を駆け、自然と共に生きる。山で獣を狩り、鳥や魚を捕まえ、皆で分け合って食べる。そういう暮らしが馴染んでいる」
貴族として生きるようになって大分経ち、その生活習慣にも馴染んできたが、自分達の本質はそこにない。焦がれるのは山と、風が吹き渡る荒野だ。
どんなに飼い馴らされてしまっても、それは変わらない。
ドルキアンの本質は狩人であり、獣であり、山を愛する孤高の民だ。
「だから、本当に大切な客人の時は、彼らに許可を得てこうして食べる。国王陛下も体験したことがない、我々の心からの歓迎だ」
「ギルさま……」
「それに」
心なしか嬉しそうな口調で彼は言った。
「焼き栗を自分で剝ける令嬢ならば、きっと問題ないだろう。あとで栗を割る道具を届けに行ったガストルが絶賛していた。あの剥き方は天才的だと」
「え、ええと……それはどうも、ありがとうございます……?」
「確かにあれは見事だった」
「爪の使い方が職人の域だったな」
ウィルとルカがそれぞれ頷く。ちなみに、二人にも分けたのだ。ほくほくした焼き栗はほろっと甘く、実もぎっしり詰まっていた。
「ガストルが君に何か言ったのではないだろうか。あれは私を案じている。君に迷惑をかけたならすまない」
「そんなことはないですよ。とてもいい方でした」
おいしい焼き栗をくれたし、わざわざ謝りに来てくれた。彼に対しての悪感情はまったくない。
「それならいいが。妙に君を気に入っていたようだから」
「ああ、それは……」
お頭の嫁さんにと言われたが、そこまで言う必要はないだろう。レティは笑って首を振った。
「お話が弾んだだけです。何も問題ありませんよ」
そうかと彼は言い、話は終わる。
その後も和やかな食事は続き、レティはお腹いっぱいになった。
***
「ふぃー……」
湯あみを終え、寝巻きに着替えたレティは、部屋の明かりをつけていた。
ドルキアンの湯あみは深い湯舟に首までつかり、体を温めるものだった。ボールドウィンとも似ているが、あちらよりお湯の温度は高い。そして湯舟は狭いので、二人入ったらかなりきつい。
この状況で一緒に湯あみをする男女は、ものすごい技術を要するだろう。レティにもウィルにも、もちろんルカにも無理である(できてもやらないと思うが)。
夕食の後、ウィルは一度部屋に戻り、ルカは鍛錬に参加していた。昼間の立ち回りを見て、がぜん興味が湧いたようだ。ついでに彼らから話を聞いてくるらしい。ギルバートも快く許可をくれた。
レティは先に休むようにと言われたが、寝るにはまだ時間がある。
持ってきた植物図鑑を手に取り、レティは椅子に腰かけた。
あの花には覚えがある。はっきりとした確証はないが、どこかで見た記憶がある。だとすれば、ここに手がかりがあるかもしれない。
「青色の、スズランに似た葉っぱの花……」
あの花の写し絵は頭の中に焼きついている。もう一度見たらきっと分かる。
「……よし」
まずは花の一覧からだ。
気合いを入れて、レティは本をめくり始めた。
調べ物はその日、夜遅くまで続いた。
お読みいただきありがとうございます。とてもおいしい夕食でした。
※他人の取り分けがいらない場合は、小皿を伏せるか、花を一輪載せておきます。事情により食べられない人に向けたマナーです。もちろんレティはいっぱい食べます。
(使用人「え、まだ食べるの、この子……?」)




