ギルバートとの外出
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翌日、ギルバートが花の咲く場所まで案内してくれる事になった。
「あれ、ウィルさまはいらっしゃらないんですか?」
「うん、ちょっと用事があってね」
ウィルは少し眠そうだ。そんな姿は珍しい。
ルカも朝から出かけている。夜明け前にここを発ったらしく、朝食の時には姿がなかった。
「申し訳ありませんが、レティをよろしくお願いします」
「もちろん。何があろうと必ず守る」
真面目な顔でそう言うと、ギルバートはレティを振り向いた。
「ところでレティ、何かあったのか」
「え」
「僕も気になっていたけど、どうしたんだい? お腹でも痛い?」
「いえ、食べ過ぎではなくてですね……」
実を言うとレティもちょっとだけ眠かったが、顔を洗ったら目が覚めた。
それよりも、落胆の方が大きかった。昨日調べた植物図鑑には、該当する花は載っていなかったのだ。
覚え書きも同様で、それらしきものは見つからなかった。二度確かめてみたが、やはりなかった。どうやらあれらの本で見たわけではないらしい。
(せっかく手がかりが見つかると思ったのに……)
これで振り出しに戻ってしまった。
事情を告げると、彼らはそろって慰めてくれた。
「とりあえず、そこにないということが分かっただけでも収穫だよ、レティ」
「ウィルの言う通りだ。気にすることはない」
「ですが……」
花を咲かせる特別な力はレティにない。そんなものがあれば、とっくに解決している事だ。
それならせめて、持っている知識をすべて使って、何かの役に立たなければ。
うつむいていると、そっと頭に手が置かれた。ルカよりも骨ばった、硬い手だった。
「大丈夫だ、気にするな。私は何も恐れない」
「ギルさま……」
「心配しないで、レティ。重荷はみんなで背負うといい。潰れそうになったら誰かが支える。君だけじゃなくて、僕もルカも、彼もいる。それから領地のみんなもね」
大丈夫だよ、と。
「ウィルさま……」
「元気を出して、行っておいで。一緒に行けなくて残念だけど、僕はやることが残っているから」
そう言うと、ウィルも頭をなでてくれる。彼の手つきはとてもやさしい。ギルバートほど使い込まれてはいないけれど、ペンを持つ部分は硬い。背負うべき荷物をきちんと背負った人の手だ。
自分よりずっと大きい、頼りになる大人の手だ。
「……分かりました。行ってきます」
気を取り直して頷くと、ウィルも小さく頷いてくれた。
ウィルと別れ、レティは外出の支度をした。
「レティはウィルと仲が良いのだな」
並んで歩きながら、ギルバートがふと口を開いた。
「そうですね、とてもよくしてくださいます」
「ルカとも心が通っているようだ。彼が君を見る目はやさしい」
「どちらもとてもいい方です。頼りになる方々だと思います」
だから大丈夫だと言外に告げたが、そうではないと言われてしまった。
「幸せそうで微笑ましい。家族のようにも見えるが、君たちは他人なのだろう。だから恋仲だと思ってしまったのだが……そうするとひとり余るので、どういうことだろうと思っていた」
「いえ、恋仲ではなくてですね……?」
その誤解はとっくに解けたはずなのだが、一体どうした。
そしてウィルはともかく、ルカの方は完全に違うだろう。この間など、「チビ、ああいやジョセ、……ん、チビ?」と、喧嘩をふっかけるような言い間違いをしていた。ちなみにジョセことジョセフィーンは、かつての彼の愛犬だ。
ウィルに言わせると、「それだけ身近な存在なんだよ」だそうだが、なんだか解せない。
「年齢的に、すぐにどうこうするものではないだろうが、時間をかけて感情を育てていくのかと思っていた。選ぶのはその後かと思ったのだが、違うのか?」
「お二人ともそういう感情はないと思いますよ……」
片方は犬だし、もう片方は子供扱いだ。
たまに冗談で昨日のような事を言ったりするが、まったく本気でないのは明らかだ。ウィルは目が笑っているし、ルカも半分承知している。
そして繰り返すが、レティは婚姻可能な年齢だ(一応)。年齢的にはどうこうなってもおかしくない。……が、あくまで年齢だけを言った場合だ。彼らにそんなつもりはないし、レティもそうは思っていない。ついでに言えば今現在、レティには誰からも申し込みはない。
「そうか……」
きっぱりと否定すると、ギルバートは何事か考えているようだった。
「そういえば、レティは馬に乗れるのか?」
「大丈夫です」
「そこそこ気性の激しい馬と、とんでもなく気性が激しい馬がいるのだが、どちらの方が好みだろうか」
「は、激しくない馬で……!」
むしろなぜその二択になるのか全力で突っ込みたい。慄くレティに、ギルバートは分かったと頷いた。
「気性の激しい馬を乗りこなすのは楽しいが、落馬の危険も高くなる。うちでは激しければ激しいほど人気が高いのだが、ボールドウィンでは違うのか」
「割と多くの地域でそうだと思います……」
ドルキアンの常識はちょっと怖い。
「そうか。君を喜ばせたかったのだが、まだまだ勉強不足だな」
真顔で反省するあたり、本当に真面目な人だと思う。お気遣いありがとうございますと礼を言い、なんとなく場が和む。連れてきてくれた馬は穏やかそうで、レティも胸をなで下ろした。
「穏やかな馬も私は好きだが、荒事には向かない。だがこの馬は役に立つ。名前はスターブライトだ」
「可愛い馬ですね」
艶やかな毛並みが美しい栗毛の馬だ。額のところに星がある。これが名前の由来だろう。触ってもいいですかと聞くと、ギルバートは無言で頷いた。
「おお、さらさら……!」
少し硬くて短い毛は触り心地がいい。鼻先をなでるレティに、スターブライトも顔を擦り寄せてくる。どうやら仲良くなれそうだ。
レティを前に乗せ、ギルバートは後ろで手綱を取る。二人乗りは以前に経験した事があるが、知らない馬は初めてだ。だが、ギルバートの乗馬技術は確かなもので、レティもすぐに慣れてきた。
「視線が高いと気持ちいいですねえ……」
「私には見慣れた景色だが、レティが喜んでくれたならよかった」
「ギルさまはよく馬に乗られるんですか?」
聞いてから思い出す。そういえば、彼がボールドウィンにやってきた時、馬に乗ってきたはずだった。
あの時の馬も凛々しかったが、この馬も素敵だ。乗り心地もとてもいい。
「ドルキアンの人間は馬を好む。私も乗馬は好きだが、ここしばらくはしていなかった」
「それはどうして……いえ、すみません」
理由を聞くまでもない。急に重たくなった話に口をつぐむと、ギルバートは首を振った。
「気にすることはない。先ほども言った通り、君たちが来てくれて感謝している。こうして馬に乗っていると、とても心が安らぐ。皆のおかげだ」
「ギルさま……」
彼が本気でそう思っている事は分かった。迷いのない瞳に、澄み渡った空が映っている。レティも目を上げると、空は鮮やかに晴れていた。
(あの花の色だ……)
山と荒野のドルキアン。そのすべてにかかる青い天蓋。
この美しい空は、あの花を見た事があるのだろうか。
(枯れ大樹……大樹さま。お願い、どうか力を貸して)
あの日砕けた大樹のかけらを、レティは今でもお守りにしている。朝晩祈りを捧げる時も、かけらはずっとそばにある。
大樹が緑をつけてから、光が飛ぶ事はなくなった。今も祈りは捧げているが、まるっきり普通の木と変わらない。グレーデにある元々の大樹も、元気に育っているようだ。今はパメラが大切に世話をしている。
不思議な力がなくなっても、枯れ大樹は大事な木だ。今でも領地に根を張って、人々を見守ってくれている。
きっとグレーデだけでなく、ボールドウィンも、ドルキアンも。
だから、レティはギルバートのために祈った。
――お願いだから、どうか力を。
真剣に祈りを捧げるレティを、ギルバートは不思議そうに見つめていた。
お読みいただきありがとうございます。ドルキアンの空は高く、抜けるように青い。




