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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
【第二部】ドルキアンの青い花

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ギルバートとの外出



    ***

    ***



 翌日、ギルバートが花の咲く場所まで案内してくれる事になった。


「あれ、ウィルさまはいらっしゃらないんですか?」

「うん、ちょっと用事があってね」


 ウィルは少し眠そうだ。そんな姿は珍しい。

 ルカも朝から出かけている。夜明け前にここを()ったらしく、朝食の時には姿がなかった。


「申し訳ありませんが、レティをよろしくお願いします」

「もちろん。何があろうと必ず守る」


 真面目な顔でそう言うと、ギルバートはレティを振り向いた。


「ところでレティ、何かあったのか」

「え」

「僕も気になっていたけど、どうしたんだい? お腹でも痛い?」

「いえ、食べ過ぎではなくてですね……」


 実を言うとレティもちょっとだけ眠かったが、顔を洗ったら目が覚めた。

 それよりも、落胆の方が大きかった。昨日調べた植物図鑑には、該当する花は載っていなかったのだ。

 覚え書きも同様で、それらしきものは見つからなかった。二度確かめてみたが、やはりなかった。どうやらあれらの本で見たわけではないらしい。


(せっかく手がかりが見つかると思ったのに……)


 これで振り出しに戻ってしまった。

 事情を告げると、彼らはそろって慰めてくれた。


「とりあえず、そこにないということが分かっただけでも収穫だよ、レティ」

「ウィルの言う通りだ。気にすることはない」

「ですが……」


 花を咲かせる特別な力はレティにない。そんなものがあれば、とっくに解決している事だ。

 それならせめて、持っている知識をすべて使って、何かの役に立たなければ。

 うつむいていると、そっと頭に手が置かれた。ルカよりも骨ばった、硬い手だった。


「大丈夫だ、気にするな。私は何も恐れない」

「ギルさま……」

「心配しないで、レティ。重荷はみんなで背負うといい。潰れそうになったら誰かが支える。君だけじゃなくて、僕もルカも、彼もいる。それから領地のみんなもね」


 大丈夫だよ、と。


「ウィルさま……」

「元気を出して、行っておいで。一緒に行けなくて残念だけど、僕はやることが残っているから」


 そう言うと、ウィルも頭をなでてくれる。彼の手つきはとてもやさしい。ギルバートほど使い込まれてはいないけれど、ペンを持つ部分は硬い。背負うべき荷物をきちんと背負った人の手だ。

 自分よりずっと大きい、頼りになる大人の手だ。


「……分かりました。行ってきます」

 気を取り直して頷くと、ウィルも小さく頷いてくれた。


 ウィルと別れ、レティは外出の支度をした。


「レティはウィルと仲が良いのだな」

 並んで歩きながら、ギルバートがふと口を開いた。


「そうですね、とてもよくしてくださいます」

「ルカとも心が通っているようだ。彼が君を見る目はやさしい」

「どちらもとてもいい方です。頼りになる方々だと思います」


 だから大丈夫だと言外に告げたが、そうではないと言われてしまった。


「幸せそうで微笑ましい。家族のようにも見えるが、君たちは他人なのだろう。だから恋仲だと思ってしまったのだが……そうするとひとり余るので、どういうことだろうと思っていた」

「いえ、恋仲ではなくてですね……?」


 その誤解はとっくに解けたはずなのだが、一体どうした。


 そしてウィルはともかく、ルカの方は完全に違うだろう。この間など、「チビ、ああいやジョセ、……ん、チビ?」と、喧嘩をふっかけるような言い間違いをしていた。ちなみにジョセことジョセフィーンは、かつての彼の愛犬だ。


 ウィルに言わせると、「それだけ身近な存在なんだよ」だそうだが、なんだか()せない。


「年齢的に、すぐにどうこうするものではないだろうが、時間をかけて感情を育てていくのかと思っていた。選ぶのはその後かと思ったのだが、違うのか?」

「お二人ともそういう感情はないと思いますよ……」


 片方は犬だし、もう片方は子供扱いだ。

 たまに冗談で昨日のような事を言ったりするが、まったく本気でないのは明らかだ。ウィルは目が笑っているし、ルカも半分承知している。


 そして繰り返すが、レティは婚姻可能な年齢だ(一応)。年齢的にはどうこうなってもおかしくない。……が、あくまで年齢だけを言った場合だ。彼らにそんなつもりはないし、レティもそうは思っていない。ついでに言えば今現在、レティには誰からも申し込みはない。


「そうか……」


 きっぱりと否定すると、ギルバートは何事か考えているようだった。


「そういえば、レティは馬に乗れるのか?」

「大丈夫です」

「そこそこ気性の激しい馬と、とんでもなく気性が激しい馬がいるのだが、どちらの方が好みだろうか」

「は、激しくない馬で……!」


 むしろなぜその二択になるのか全力で突っ込みたい。(おのの)くレティに、ギルバートは分かったと頷いた。


「気性の激しい馬を乗りこなすのは楽しいが、落馬の危険も高くなる。うちでは激しければ激しいほど人気が高いのだが、ボールドウィンでは違うのか」

「割と多くの地域でそうだと思います……」


 ドルキアンの常識はちょっと怖い。


「そうか。君を喜ばせたかったのだが、まだまだ勉強不足だな」


 真顔で反省するあたり、本当に真面目な人だと思う。お気遣いありがとうございますと礼を言い、なんとなく場が和む。連れてきてくれた馬は穏やかそうで、レティも胸をなで下ろした。


「穏やかな馬も私は好きだが、荒事には向かない。だがこの馬は役に立つ。名前はスターブライトだ」

「可愛い馬ですね」


 艶やかな毛並みが美しい栗毛の馬だ。額のところに星がある。これが名前の由来だろう。触ってもいいですかと聞くと、ギルバートは無言で頷いた。


「おお、さらさら……!」


 少し硬くて短い毛は触り心地がいい。鼻先をなでるレティに、スターブライトも顔を擦り寄せてくる。どうやら仲良くなれそうだ。


 レティを前に乗せ、ギルバートは後ろで手綱を取る。二人乗りは以前に経験した事があるが、知らない馬は初めてだ。だが、ギルバートの乗馬技術は確かなもので、レティもすぐに慣れてきた。


「視線が高いと気持ちいいですねえ……」

「私には見慣れた景色だが、レティが喜んでくれたならよかった」

「ギルさまはよく馬に乗られるんですか?」


 聞いてから思い出す。そういえば、彼がボールドウィンにやってきた時、馬に乗ってきたはずだった。

 あの時の馬も凛々しかったが、この馬も素敵だ。乗り心地もとてもいい。


「ドルキアンの人間は馬を好む。私も乗馬は好きだが、ここしばらくはしていなかった」

「それはどうして……いえ、すみません」


 理由を聞くまでもない。急に重たくなった話に口をつぐむと、ギルバートは首を振った。


「気にすることはない。先ほども言った通り、君たちが来てくれて感謝している。こうして馬に乗っていると、とても心が安らぐ。皆のおかげだ」

「ギルさま……」


 彼が本気でそう思っている事は分かった。迷いのない瞳に、澄み渡った空が映っている。レティも目を上げると、空は鮮やかに晴れていた。


(あの花の色だ……)


 山と荒野のドルキアン。そのすべてにかかる青い天(がい)

 この美しい空は、あの花を見た事があるのだろうか。


(枯れ大樹……大樹さま。お願い、どうか力を貸して)


 あの日砕けた大樹のかけらを、レティは今でもお守りにしている。朝晩祈りを捧げる時も、かけらはずっとそばにある。


 大樹が緑をつけてから、光が飛ぶ事はなくなった。今も祈りは捧げているが、まるっきり普通の木と変わらない。グレーデにある元々の大樹も、元気に育っているようだ。今はパメラが大切に世話をしている。


 不思議な力がなくなっても、枯れ大樹は大事な木だ。今でも領地に根を張って、人々を見守ってくれている。


 きっとグレーデだけでなく、ボールドウィンも、ドルキアンも。

 だから、レティはギルバートのために祈った。


 ――お願いだから、どうか力を。


 真剣に祈りを捧げるレティを、ギルバートは不思議そうに見つめていた。

お読みいただきありがとうございます。ドルキアンの空は高く、抜けるように青い。

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