さあ、断罪の時間です‐1
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まずい、とマロリーは焦った。
いくらなんでも今はまずい。こうなる事を恐れて、使用人にはきつく言い聞かせておいたのに。
本当ならとっくにフォンドア子爵とその祖父は、室内でお茶を飲んでいるはずだった。それを、あれこれ理由をつけて引き伸ばされ、宝石に目がくらんだ結果がこれだ。せめてもう少し前だったら、子爵達を引き離しておけたのに。
だが今、どちらも大樹のそばにいる以上、なんとかうまく切り抜けねば。
「は……伯爵さま、よろしければ、先にお茶はいかがですか?」
「いえ、結構。お気遣い感謝いたします。ですが私は、ぜひとも本物の大樹をこの目で見たいのです」
「そ、そうですか」
あっさり断られてしまい、マロリーの顔が引きつる。
「ほう、あなたも大樹を?」
黙っていて!! と叫びたかったが、フォンドア翁が口を挟んだ。
「ええ、実は私の領地に伝わっている話がありまして。ご存じかは分かりませんが、白い花と黄金の実をつけ、領地を守った大樹の伝説です」
「伯爵もですか。わしはフォンドア卿と呼ばれておりましたが、今はこの孫に後を譲り、隠居の身です。我が領地では、その大樹に白い花と黄金の果実を実らせるという、緑の乙女の話が伝わっておりますよ」
「それはそれは。ぜひ詳しいお話をお聞きしたいな」
「もちろんですとも」
二人が話を弾ませてしまい、マロリーはますます焦った顔になった。
ボールドウィン伯爵は、馬車で大樹のそばまで乗りつけてきたようだ。中にはまだ人影があるが、外には出てこない。付き添いの召使いかもしれない。
男爵は口をぱくぱくさせている、
ヒルダもわずかに顔色が悪い。ここで二人が鉢合わせてしまっては、うまくいくものもいかなくなる。
おまけに、ボールドウィン伯爵はヒルダの婚約を知っているのだ。
「そういえば、ヒルダ嬢はフォンドア子爵の婚約者だそうですね」
タイミング悪く、伯爵がその話題を出してしまった。
「グレーデの令嬢との婚約は、フォンドア領にとって、ますますの栄えとなるでしょう。心よりお祝い申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます。わしも孫も、『緑のグレーデ』から令嬢を迎えられることを、とても嬉しく思っているのですよ。しかも、ヒルダ嬢は今聞いたところによると、本物の緑の乙女らしい」
「なんですって?」
ウィルが目を丸くする。
「本人が話してくれました。この耳で確かに聞きましたよ」
「それはそれは……。しかし、それは妙なお話ですね」
「と、言いますと?」
「実は以前、彼女たちが私の屋敷を訪れた時、一緒にお茶をいただいたのです。その時、確かこの木の世話をしていたのは別の少女だと言っていたような……」
「!!」
二人がビシッ!! と硬直した。
(あんた、まさかそんなことを?)
(言うはずないじゃない。お母さまこそ!)
目顔で会話していたが、どちらも心当たりはないらしい。
それを見ていたルカは、さもありなんといった顔だった。
(覚えてなくても当然なんだよ。あいつの一番タチ悪いとこだからな)
あの日の事を、ルカはよく覚えていた。
ウィルの外見に心を奪われ、おいしいお茶とお菓子で気持ちがほぐれ、甘い微笑みにとろかされ――ぺらぺらと口が軽くなっていた。それはもう、綿毛もかくやという軽さだった。いや、くしゃみで舞い上がる埃だろうか。
ウィルがいちいち反応を示してくれるから、それが嬉しくてたまらなかったはずだ。歓心を買おうと必死で、どれほどまずい事を言ったかは覚えていない。それが今までのお決まりだ。
彼女達もそうなのだろう。互いに疑いの目を向けながらも、記憶があいまいで思い出せない様子だった。
「じっ……冗談ですわ! ついいたずら心がわいて、そんなことを言ってしまっただけです。ね、お母さま?」
「そ、そそそうよ、そうですわ! あの時申し上げたことはでたらめです!」
「なるほど、そうでしたか」
あっさり引き下がってほっとしたのも束の間、端麗な唇から発された言葉に、今度こそ彼女達は固まった。
「では、役立たずだから飼い殺しにすると言ったのも?」
「!」
「大樹の世話が必要な場合は、夜中に世話をさせればいいと。身代わりにしてもばれないと仰っていたのは?」
「!!」
「もし見つかっても、男爵家の人間ではないと。居場所などないと仰っていたような気がいたしますが――それも?」
「!!!」
二人は顔を引きつらせた。
どれもこれも覚えがないが、普通に言いそうなセリフである。
それでも認めるわけにはいかず、ヒルダはきっと相手をにらんだ。
「きっ、聞き間違いですわ!」
「そうですか?」
「あまりにも役に立たない子でしたから、つい言葉が過ぎたのでしょう。それだけですわ」
「そうです。この子の言う通り、本当に役立たずな子で。先ほどの冗談も、あの子を思って言ったのです。間違いありませんわ!」
「なるほど。そうでしたか」
ウィルが感心したように頷く。
「本当におやさしい方々なのですね。……では、ひとつお願いをしてもよろしいでしょうか」
「なんですの?」
「その役立たずの少女がもし見つかったら、私が引き取ってもよろしいですか?」
「なっ……!?」
彼らがそろって息を呑む。
「おや、何か不都合でも?」
「いえそんな、まさか!」
不思議そうに言われ、慌てて首を振る。ここで拒んだら不自然なのは明らかだ。さんざん役立たずだと言っておいて、手放したくないと言えば怪しまれる。
「では、許可をいただけますね。――男爵」
目線で問われ、男爵はぎくしゃくと頷いた。
「そ、それはもちろん……ですが、本当に役に立たない子ですので、伯爵のご迷惑になるのではと……」
「構いませんよ。許可をくださってありがとうございます。とても嬉しく思います。……ああ、子爵にも証人になっていただけますか?」
目を向けられた子爵は無表情で頷いた。
「もちろん」
「ありがとうございます」
微笑むウィルとは裏腹に、彼らの顔色は悪い。それを横で見守るルカは、彼らにちょっぴり同情しなくもなかった。
(あきらめろ。あいつに狙われた時点で終わってた)
だが、これでレティの所有権がこちらに移った。
これで目的のひとつは手に入れた。あとは――……。
「と、とにかく。緑の乙女はわたくしなのです。それはご理解いただけまして?」
「ああ、そうだったね」
今まで黙っていた老人が頷いた。
「伯爵。このお嬢さんは本物なのですよ。つい先日、この領地とボールドウィンで起こった咳流行り。それを治したのがヒルダ嬢なのです」
「なんですって?」
「彼女は黄金の果実を病人に配り、病を治して回ったそうです。自らを犠牲にして他者に尽くす、その美しい心根は、まさに緑の乙女の名にふさわしい」
老人はしみじみと語っている。ヒルダの目が微妙に泳いだが、その通りとばかりに胸を張った。マロリーも無言で頷いている。
「わしが緑の乙女を見たのは、もうずいぶん昔のことです。枯れ枝に花を咲かせ、緑で満たしたグレーデの令嬢。あれを緑の乙女と言うなら、彼女がそうだったのでしょう」
また出会えるとは思わなかったと、フォンドア翁は胸を押さえた。
「この老いぼれにとって、最後の贈り物のようだ。ヒルダ嬢、ありがとう。本物の緑の乙女に会えて、こんなに嬉しいことはない」
「ほ……ほほほ、まあそんな、光栄ですわ」
ぎくしゃくとヒルダが笑みを返す。マロリーは引きつった顔をしている。
大げさに目を見張り、「それはすごい」とウィルは言った。
「なんという偶然だ。……実は、私も緑の乙女を連れてきたのですよ」
「は……」
「は……」
「……は?」
ひとりはマロリーでひとりはヒルダ、もうひとりの声は馬車の中から聞こえた。
「さあ、降りて」
そう言うと、ウィルは馬車を振り返った。
「ご紹介いたします。うちのお抱え薬草師です」
合図に合わせ、そばに控えた青年がすぐさま動く。彼は馬車の扉に手をかけ、ためらわずに開け放った。
――その瞬間、風が吹いた。
馬車から下りてきたのは、光のかけらのような少女だった。
華奢なドレスに身を包み、静かな足取りで歩いてくる。
彼女が歩くたびに、ドレスの裾が軽やかに揺れる。見た事がないほど上質の布地を、惜しげもなく使っているのだ。重ねた生地が透け、ほっそりとした二の腕を引き立てる。
何より特筆すべきなのはその肌だった。
まぶしいほどに白く、光をはじいて輝いている。
頬は柔らかな薔薇色で、唇だけ淡い色がのっている。それ以外の化粧はしていない。
それなのに、彼女はこの場にいる誰よりも美しかった。
金色がかった髪が、背中に流れ落ちている。
正確に言えば小麦色だが、たっぷりと光沢を帯びて輝き、ため息が出るほどなめらかだ。
風が吹くたびにさらさらと揺れ、日の光を受けてきらめく。
その姿はまるで、大樹の精霊が降り立ったようだった。
伯爵よりも色の濃い、緑の宝石のような瞳を上げ、彼女は周囲を見回した。
そして言う。
「レティシア・グレーデと申します。先代男爵の娘です」
お読みいただきありがとうございます。次回、一回足踏みです(お話は続きます)。




