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根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と緑の令嬢

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38/93

あなたがそばにいてくれたから


 馬車がグレーデの領地に到着したのは、昼を回ったころだった。


「準備は?」

「問題ない」

「根回しは?」

「とっくに済んでる」

「タイミングは?」

「ばっちりだ」


 どう考えても、普通の訪問の会話じゃない。

 顔を引きつらせるレティをよそに、二人は淡々と密談を交わした。

 どうやら、ここで待ち合わせしている人物がいるらしい。一体何を企んでいるものか。


「ところでレティ、君はこの屋敷に来る直前、とても怖がっていたようだけど」

「……許可なく戻ってきたら、全身の毛をむしられたあげく、庭で逆さ吊りなんですよ……。絶対に顔は見られたくないです」

「すげえなそりゃ。鶏か何かか?」


 ルカは半分面白がっていると思う。あと、チビもどきがチビに降格した。こんな状況でなければ、断固抗議したいところだ。

 だが、ここに来たかったのもまた事実だった。


(枯れ大樹の枝が……)


 あの後、ボールドウィンの屋敷に戻ったレティは、真っ先に若木の元へと向かった。

 お礼も言いたかったし、どうなっているのか気になったのだ。

 だが、その場所に到着したレティは呆然とした。

 若木は同じように生えていたが、レティが持ってきた枯れ枝は、真っ白に変色し、幹が細かくひび割れていた。


「なんで……どうして?」

 急いで膝をつき、枯れ枝を取り上げる。

 そっと触れたのに、先端がぱらぱらと崩れていく。もはや命が通っていないのは明らかだった。


(そうだ、祈りを)

 枯れ枝を握りしめてレティは祈った。


 どうか助かって。元に戻って。

 他の言葉なんて浮かばない。ただそれだけを願い、祈りを込める。

 枝はそれに応え、かすかに光っては消えていく。けれど、それが長く続かない事も明らかだった。


 最後の光が瞬いて、すうっと消える。

 後には、真っ白になった枝だけが残されていた。


「……そんな……」


 レティと一緒に過ごしてきたのは、この枝だ。

 雨の日も風の日も、毎日祈りを捧げてきた。

 本体は大樹だけれど、この枝だって同じだ。ここに連れて来られて良かったし、ずっと一緒だと思っていた。

 新しい木が生まれても、それは変わらないと信じていた。


 ――それなのに。


 その場にへたり込んだレティの背後から、ウィルとルカがやってきた。

 二人とも枯れ枝を見て目を見張り、ウィルは痛ましそうに、ルカはきつく眉根を寄せる。


「……領地の人たちを守ってくれたのか」

「うちだけじゃない。隣もだ。……いや、向こうが正式な居場所なら、うちの領地まで救ってくれた」


 それぞれ膝をつき、胸に手を当てて感謝を捧げる。最上級の敬意を伴った挨拶だ。

 そういえば、枯れ枝が彼らを拒んだ事は一度もなかった。

 だったら後悔はしなかっただろうか。いやむしろ、自分から動いたのかもしれない。

 そうだったらいいなと思ったけれど、うまく言葉にならなかった。


「……触れても?」

 ウィルに聞かれ、レティは頷いた。ルカも目線で許可を取る。困った顔をしているのは、レティが泣きそうな顔をしているからだろうか。大丈夫だと言いたかったが、今は声にならなかった。

 ふにゃっと笑うと、ウィルはもっと痛ましそうな顔になり、ルカはますます顔をしかめて、最後には顔をそむけてしまった。

 困惑するレティを見て、ウィルが困った顔で笑った。


「皆を救ってくれたこと、心から感謝します。……ありがとう」

「言葉に尽くせない恩がある。何があろうと必ず返す」


 彼らが触れると、枝は灰のように崩れ、サアッと風に散っていった。

 あとには、指先ほどの小さなかけらが残された。



 ――ボールドウィンの領地では、作物が育たない。



 木は弱り、草木は生えず、果実はしなびて朽ちていく。それすべて、ボールドウィンにはびこる呪いのせいである――



(……違う)


 レティはかけらを握りしめた。

 そんな事はなかった。

 この領地はずっと、力を蓄えていたのだろう。いつか枯れ大樹を目覚めさせるために、命を芽吹かせるために、その時を待っていただけだ。

 レティの事で機嫌を損ねていたのも確かだろうが、本当の目的は違う。


 領地の人々を守る事。


 グレーデだけではない。大地に境目がないように、この世界にも本来の意味での境目はない。大樹の力が及ぶ範囲で、できる限りの命を守る事。

 それが枯れ大樹の役目であり、グレーデ家の役割だったのだ。

 それが終わった今、枯れ大樹は。


 目を閉じると涙がこぼれてきて、どうしても我慢できなかった。

 泣き続けるレティのそばで、二人が頭をなでてくれた。

 その手つきがやさしくて、涙はなかなか止まらなかった。


 それから数日後の事だ。

 ウィルに突然、「グレーデに行くから支度をして」と言われたのは。



    ***



「支度って言うから、てっきり美肌の薬を追加で持って行くんだとばかり思ってました。まさかこんな仮装をすることになるとは……」

 馬車が到着してもなお、レティの不安は消えなかった。いや、むしろ増している。


「さっきも言ったけど、似合ってるよ。大丈夫」

「ていうかお前、十六歳の貴族令嬢ならそのくらいの服装はむしろ普通だからな? それより、この期に及んでまだそんな寝ぼけたこと言ってやがるなら、いっぺん頭を振ってやろうか。法外な値段をふっかけるならともかく、普通に貢いでるんじゃねーよ」


「でも、あの肌じゃ……」

「それこそ自業自得だ。それに、あいつらはとっくに顧客になってる。()()な値段で()()に売ってやってるから、お前は心配しなくていい」

「……な、なるほど」


「適切」の言い方に引っかかるところがあったものの、手に入るなら問題ない。女性にとって、肌の悩みは深刻だ。

 しばらく見てみぬふりをしてしまった手前、ちょっぴり罪悪感があったのだ。

 だがもしそんな事を口にすれば、二人そろって、ものすごーーーーく可哀想なものを見る目で見られる事も分かっている。実際、何度か同じ目を向けられた。


「それよりも、お前は堂々とふるまうことに集中しろ」

 全力で行け全力でと、ルカが無茶な事を言う。


「ぜ、善処いたします」

「そこまで気合いを入れなくても大丈夫だよ。レティにしてもらうのは、本当に簡単なことだから」

「……何度かおっしゃっていましたが、それは一体?」

「まだ内緒」


 微笑んだまま片目をつぶり、しいっというポーズを取る。その姿まで見とれるほど格好いいなんて、なんだかちょっとずるいと思う。

(問い詰め……問い詰められない……!)

 ぷるぷると震えるレティに、ルカが不穏なセリフを吐く。


「こいつの家訓に、ごまかす時は最高の笑顔でってのがあるんだよな」

「えー……」

「失礼な。僕はいつでも清廉だよ」

「清廉の意味な?」

 ルカが突っ込んだところで、軽く居住まいをただした。

「そろそろ着くぞ」


 よく見ると、馬車の外の景色が見覚えのあるものに変わっている。

 とうとう戻ってきてしまった。

 逆さ吊りだけは勘弁してほしいと思いつつ、レティはごくりと息を呑んだ。

お読みいただきありがとうございます。吊るされたくありません(切実)。

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