不思議なことが起こりました
ひとりになってからも、不安は募るばかりだった。
枯れ大樹の枝に祈っても、光は飛ばない。
あまりにもぶっ通しで働き続けていたせいか、レティは作業場から追い出された。休むようにと命じられたが、まったく眠れる気がしない。
歩いているうちに、いつの間にか枯れ大樹の枝を植えた場所まで来ていた。
もう一度祈ったが、やはり光は飛ばない。すうっと光っては消えていく。
(パメラ)
あの子はおとなしいけれど、やさしい子だった。
利発で、可愛くて、レティを慕ってくれていて。グレーデを追い出された時、唯一の心残りがパメラだった。せめてさよならを言いたかったと、ここに来てから何度も思ったものだ。
だけど、こんな形で別れるなんて。
――そんなのは、絶対に嫌だ。
(大樹さま)
膝をつき、レティは枯れ枝に祈った。
他には何もいらないから、あの子の命を助けてください。
村のみんなを助けてください。
グレーデの人達も、ボールドウィンの人達も、全部まとめて救ってください。
どうしたらいいか分からない。でも。
(お願いだから、助けて……!!)
その時だった。
レティの体から、ぶわっと光が立ち上った。
強い輝きが満ちあふれ、昼間のように明るくなる。まぶしくて目を開けている事もできない。こぼれた光は次々と、地面に向かって落ちていく。まさに光の洪水だ。
土の中の一点を目がけて、どんどん光が集まっていく。
その時、変化が起きた。
「……え?」
最初は気のせいかと思った。
土の中で何かが動き、もぞもぞと背伸びするように震えた後、かぶっていた土を押しのけて――、
芽が、出た。
「な、何……?」
なんの変哲もない、植物の芽だ。
瑞々しい若葉を広げ、ちょこんと土から生えている。
目を丸くするレティをよそに、芽は少しずつ成長を始めた。
ゆっくりと背を伸ばし、足元の根が張っていく。幹はするすると伸びていき、いくつも枝が分かれていくと、見る間に小さな若木になった。枝の先に新芽がつき、緑の葉が広がる。さわさわと音を立てながら、木は少しずつ枝を伸ばした。
レティが見守るうちに、それは背丈よりも少し大きい、見た事もない木になった。
とても美しい木だった。
幹はほっそりとして、葉は宝石のように輝き、全体が淡く光っている。ぽかんとするレティをよそに、その木につぼみがつき始めた。ひとつ、またひとつとふくらんでいく。やがてそれは次々に、小さな花を咲かせ始めた。
それは素晴らしい光景だった。
雪のように白い花が、次々にふくらんでは咲いていく。次から次へと咲き誇り、一面に花が咲き乱れる。あまりの美しさに、レティは唖然として見とれていた。
そして、ひとつの花が落ちた後。
木には黄金の果実が実っていた。
「これは……」
レティが手を伸ばすと、枝がそっと下りてきた。
それはほのかに輝いていた。
リンゴに似ているが、少し違う。手のひらに収まるほどの大きさで、プラムよりもやや大きい。ずっしりと重く、つやつやと光っている。鼻を近づけると、ひどく爽やかな香りがした。
こんなものは見た事がない。記録にも日記にも書いていない。
でも、レティはこれを知っていた。
(あの時の……)
ルカに聞かせてもらった昔話だ。
――白い花を咲かせ、黄金の実を実らせる。
永遠の緑を有し、病を治す奇跡の果実。
もしかして、これが?
迷っている時間はなかった。
果実をもぐと、レティは身をひるがえした。その直後、はっと気づいたように振り返る。
「……ありがとう!」
応えるように木が揺れた。
お読みいただきありがとうございます。さあ、巻き返します。




