表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根絶やし伯爵と枯れ枝令嬢  作者: 片山絢森
根絶やし伯爵と黄金の果実

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
32/93

もう言葉もありません



    ***



 着替える時間も惜しかったので、レティは厩へと足を向けた。

 ウィルに言っていこうかと思ったが、それはやめる事にした。

 雑用をしている時に、馬の手入れも教えてもらった。乗り方も教わったから、ひとりでも大丈夫だ。

 それに、近づくのが禁止なら、どっちにしろレティは中に入れない。


(なんとか忍び込んで……これを、パメラに食べさせないと)

 果実を懐に入れ、落ちないように縛りつける。

 厩に着くと、レティは呼吸を整えた。


 ――よし。


 鞍にまたがろうとした時、ぐいっと腕を引かれた。


「――レティ?」

 そこにいたのはウィルだった。なぜだか息を切らしている。

「どうしたんですか、ウィルさま?」

「それはこっちのセリフだよ。こんな時間にどうしたんだ?」


 ウィルは分厚いコートを着ていた。どこかに出かけて帰ってきたところかもしれない。彼は息を整え、レティの姿を素早く見た。


「……その恰好で、馬に乗るつもりかい?」

「そ、れは……」

「行き先は聞くまでもないな。――グレーデ?」

 それは質問ではなく確認だった。レティは思わず身をすくめた。


「……見逃してください!」

「それはできないよ、レティ」

「行かなくちゃいけないんです。これをパメラに届けないと――!」

 懐にしまってあった果実を突き出すと、ウィルの目が見開いた。


「……これは?」


「急に生えてきたんです。白い花が咲いて、果実が実って……。よく分からないけど、パメラに食べさせなくちゃいけないと思うんです。だから、だから、行かないと……!」

「落ち着いて、レティ」

 大丈夫、と肩を押さえられた。


「邪魔をするつもりはないんだ。言い方が悪かったね。――僕も一緒に行く」


「は……?」


 レティはぽかんとした。

 ウィルは真面目な顔でこちらを見ている。綺麗な若草色の瞳に迷いはない。彼が冗談で言っているのでないのは明らかだった。


「だ……駄目ですよ! ウィルさまは領主さまですよ!? もし病気が移ったら……!」

「君の薬を飲んでいる。加えて僕の体は丈夫だ。簡単にはかからない」

「ですけど、もしも!」

「……偶然だけどね、レティ。僕がこんな恰好をしているのはどうしてだと思う?」

「は……?」

「君を連れて、お忍びでグレーデに向かうためだよ」


 聞き間違いかと思い、レティはまじまじと彼を見た。

 今何か、ものすごく妙な事を言われた気がする。


「夜なら見張りもいないだろうし、そもそも近づく人間はいない。ようやく仕事を抜ける算段をつけてきたのに、君の部屋はもぬけの殻だ。僕がどれだけ焦ったか分かるかい? グレーデに行くなら、馬を使うだろうと踏んで直行した。間に合ってよかった」


 流れるように言われ、レティはますますぽかんとした。

 彼の目は至極まともだ。おかしくなったわけではないらしい。

 真面目な顔で、当たり前のような口調で、一緒に行くと宣言する。

 こんな時なのに微笑みながら、ウィルは言った。


「行こう、レティ。その子を助けよう」

「……で、でも」

「大丈夫だよ。行こう」



 ――助けよう。



 その言葉の力強さに、レティははっとした。

 見る間に目がうるみ、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。それをぬぐい、レティは答えた。


「……はい!」


 頷くと、ウィルがコートを着せかけてくれた。

「レティは前へ。コートの前をしっかり合わせて、フードをかぶって。夜の森は冷えるよ」

「ウィルさまは?」

「これくらいでどうにかなるほどやわじゃない」


 レティを馬に乗せると、ウィルも続いてまたがった。

「飛ばすよ。しっかりつかまって」

 そこへ見張りらしき男がやってきた。


「おい、そこで何を――え、ウィルフレッドさま?」

「ちょっと出かけてくる。朝には戻る」


 返事を待たず、二人と一頭は飛び出した。





(パメラ、間に合って)


 馬上でレティは祈っていた。

 夜の森は闇が濃く、月明かりがなければ走れない。けれど、レティの手にした果実のせいか、周囲がほのかに明るく見えた。


「変な感じだな。光っている範囲は小さいのに、ずいぶん遠くまで見える気がする」

「森が力を貸してくれているんでしょうか」

「かもしれないね。――はっ!」


 わずかに馬足をゆるめたのも束の間、ウィルはふたたび速度を上げた。

 彼の馬術は非常に巧みだった。決して無理はさせないのに、最大限に走らせる。それでいて、乗っていられないほどでもない。確かにしがみついていなければ振り落とされそうだが、背中を支えてくれる安心感に、ずいぶん気持ちは楽だった。レティひとりだったなら、とっくに追い抜かれていただろう。それだけ彼の腕は確かだった。


 これなら間に合う。

 それは確かな希望だった。



    **

    **

    **



 レティは知らなかったが、森にも変化が訪れていた。


 彼らが通った後は、淡い光に包まれていた。

 光はやがて広がっていき、薄く薄く、森全体を覆い尽くす。


 それはとても幻想的な光景だった。

 だが、彼らはその事を知らない。


 馬はぐんぐん速度を上げて、やがてその影は見えなくなった。

お読みいただきありがとうございます。走る、走る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ