第39話「スリの少年」
既に多くの屋台が並んでいた。しかし、その姿は人だかりでよく見えない。
「これ本当に進むのか……。」
「もちろんです。これぐらいコミケの一部に比べたら全然ですよ。」
「そうかい……それは前向きとは言わないけどな。」
周囲を再び見回すと、鉄板で何かを焼く音と焼かれているものの匂いを感じる。あとはパンの匂いも感じる。甘味のような匂いも感じる。
「先輩、あそこの屋台行ってみましょう!」
「何があるんだ?」
「焼き菓子です。」
いきなり甘いものか…まあいいけど。しかしこれは……一本道はあるが、辿り着くのが苦労しそうだぞ。
「先輩、はい。」
そう心で弱音を吐いていると、ミカが手を差し出した。俺は疑問を持って彼女の顔をチラ見する。
「手、繋ぎますよ。迷子にならないように。」
「しかし恥ずかしいぞ。」
「でも繋いだ方が合理的ですよ。先輩が恥ずかしがってるせいで、離れ離れになっていいんですか?」
俺の扱いが上手いな。俺は赤くなった顔を隠しながら手を繋いだ。
「この繋ぎ方でいいんですか?」
「十分だろう。」
これ以外というと恋人繋ぎか?過剰だろうし、余計恥ずかしい。
「それじゃあ進みますから、ついてきてくださいね。」
俺はその言葉とミカに続いて歩みを進める。
やっと目的の屋台に着いた。甘い香りが鼻腔をくすぐる。目にはよくある屋台が見える。
「結局これは何を売っているんだ。」
「大きなクッキーかなにかですね。」
幸い人があまり並んでいなかったため、すぐに買えた。一旦なるべく人がいない場所にいって食す。
「美味しいかい?」
ミカにそう尋ねると、笑顔で頷く。可愛い。続いて俺も自分で食べてみることにする。これは……いわゆるおしゃれなクッキーだな。カチカチという訳ではなく、厚さもあり、しっとりとしている。特別美味しい訳ではないが、まあ普通に食べられるものだ。
「先輩のお口にも合いますか?」
「まあ、俺は甘いものは大体いけるからな。あ……」
質問に答えると、俺は手が滑って、砂の敷き詰められた地面にクッキーを落としてしまった。完全に砂がついているので、もう食べられた状態ではない。とりあえず、砂の中に埋めた。特別食べたかった訳でもないが、やっぱり残念だ……。
「あらら……先輩、私の半分あげますね。どうぞ。」
そう言ってミカはクッキーを割って歯形がついてない方を俺に渡す。
「いいのか……?」
「もちろん。2人で食べた方が美味しいし、気兼ねしませんからね。」
前半は論拠がないが、後半は納得だ。
クッキーを食べ終えて、俺たちは今度は世界観に馴染まない鉄板を使う屋台の方に向かった。これは何だろうか。
「お好み焼き……いや、どんどん焼きに近いだろうか。まあおそらく、勇者が持ち込んだ食文化の1つ、あるいはその派生だな。」
「庶民にまで普及していたんですね。」
「ああ、そのようだ。まあ今更なんだかんだと言っても仕方ない。食べたいか?」
「はい。」
そうして列に並ぶ。人が多い……物珍しさのせいかもしれんな。
苦戦しつつも、無事に某に巻き付けられたお好み焼きを購入できたので、再び人ごみを離れて食べてみる。これは……本来なら触感で飽きるところを、具材や味付けで工夫して飽きないようにしてあるようだ。
「なるほど、独自の進化を遂げたということか。」
「はい?」
ミカは結論だけ口に出した俺相手に不思議そうな顔をして食べていた。
それから、食べ物以外のものはないか探してみる。何やら、テントを張って、椅子と机を置いてボードゲームか何かをしている場所があった。
「あれはなんだろうか。コンクエイト……と書いてあるな。」
「よく見えませんが、なんだか将棋やチェスに似ていますね。」
ちょっと面白そうだ。もっと近くで……何をやっているか見てみたい。
「しかしダメだな。ここは人が多すぎる。まあ名前はわかったし、やるなら、今度調べればいいさ。あとは人が減った時があればそのタイミング。」
「えぇ……」
ミカは少し残念そうな顔をしたが、あまりにも人が多いのを見て、俺の判断に従った。
それから屋台で出ていてパンのようなものを食べ、飲み物を飲んで、少しあたりを見て回った。
「先輩、ちょっと最大手にチャレンジしてきていいですか?ええ、その他の要因のせいで、さっきのゲームなんて訳じゃない程の。」
「ああ、どうぞ摘んできてくれ。」
要するにお手洗いだ。俺も行っておいたが、やっぱり俺たちの世界と同様で、女子トイレだけ非常に混んでいる。こういうところもどうにかならないものか。日本には一応トイレの設置に関する法律もあるが……この世界にはないだろうな。まあいい丁度いいから俺も用を足しておくか。
ふむ、やはりミカはまだ戻ってこないか。
「おっと、すみません。」
見知らぬ少年がぶつかってきた。10歳とちょっと程度か。俺の世界のお約束なら、これはスリだな。あーやっぱり財布が取られてる。出遅れたが、追いかけるか。
「君、待ちたまえ!」
といって待ってくれる相手ではない。なんとかミカが戻る前に捕まえられるといいが……。それにしても人ごみのせいで追いかけにくいな。
いくら俺が体力不足でも、子どもに負けるほど運動能力は低くないようだ。あるいは、相手の体力がないか。それはどうでもいい、もう人ごみはないし、距離的にも追い詰めてはきている。おお、都合がいいことに少年は誰かにぶつかったようだ。これでもう追いつくな。
「いてっ、すみません。」
「おい待て、この財布はなんだ?俺を利用して逃げようってか?」
よし、もう追いついたな。ぶつかった相手は大柄の男だったようだ。この会話を聞く限り、俺から盗んだ財布をこの人の持ち物に加えて罪を被せて逃げようとしたようだな。
「ついてこい、警察に突き出してやる。いや、よく見たら悪くない顔立ちだ……これは使えるかもしれんな。」
「離せ!離してくれよ!俺が悪かったから!」
何だか雲行きが怪しいな。会話の感じからすると、男娼にでもするつもりか?しかし、こんな強引なやり方は勿論違法だ、見過ごせない。
「こらっジラン。ダメじゃないか、兄さんの財布勝手に持って行っちゃ。」
一先ずこの男から引き離そう。警察に突き出すのは俺でもできる。
「えっ……?ご、ごめんよ。」
一瞬きょとんとしたが、すぐにこちらに合わせてくれた。
「いやうちの弟がすみません。」
「ちょっと待て、こいつは俺の荷物にあんたの財布を……」
「ああ!ジラン、お前またそんないたずらを!この人は気づいてくれたからいいが、もし気づかれなかったらどうするんだ。本当にすみません。財布もどうもありがとうございます。あ、お礼に1割どうですか?」
我ながらすさまじくわざとらしい芝居になってきた。しかしまあ畳みかけることで、相手も困惑しているようだ。
「い、いや……それはいい。」
「要らないのですか!なんと素晴らしいお方でしょうか。それでは失礼しました。」
困惑している内に少年を連れて、俺は一先ずミカと別れた場所に向かった。
少年は特に逃げ出したりせずについてきている。もう諦めたのだろう。
「どうして助けてくれたんだ?」
「俺は財布を取り戻しただけだ。それに、不正を見ているといらいらするんだ。別に可哀想だから助けたとか、嫌がってたからとかじゃない。」
「あんた良い人だな……ありがとな。」
「そうかい……」
照れ隠しが効いてなかった気がするが、心を開いたのならまあいいさ。
「あ、せんぱーい!どこ行ってたんですか!あれ?その子は?」
ミカは既に待っていたようで、俺の方に駆け寄ってくる。
「ああ実はな……ちょっと耳を貸してくれ。」
近くの人に聞かれたら、余計な詮索をされるかもしれん。聞こえないようにしなくてはな。
「ど、どうぞ。」
なんで赤面しながら耳を差し出すんだよ。こっちまで恥ずかしいじゃないか。まあいい、成り行きを話そう。
「ひゃんっ…」
変な声を出さないでくれ……。確かに耳に息がかかれば、くすぐったいだろうけどさ。
「わかったか?」
「は、はい。それでこの子はどうするんですか?」
「とりあえず身の上話を聞いてからだな。」
そうして人のいないところにまた場所を移す。
「さて、話を聞こうか。」
「話と言っても別に大層なものは……」
「まあでも聞かせてくれ。ひょっとしたら何とかできるかもしれんぞ。」
「あんたやっぱり良い人……」
「違う。俺の理想の世界のために、ああいうことされたら困るだけだ。」
「また先輩のツンデレが始まりましたね。」
やっぱりそう聞こえるのか。本当に余計になつかれたくないだけなんだが。
久しぶりの投稿となります。とりあえずお約束っぽいところを。文章量の関係で、引っ張って終わりましたが、実際特に大きな話をはないので、次も気楽に読んでください。




