14. 帰宅
お読みいただきありがとうございます。
14話目です。
とても長くなりました。
雅と仙人が自宅の屋根の上で話をしていると。
自宅前に寝台車が止まった。
雅の体が帰ってきたらしい。
仙人と話しているうち、思いの外時間が経っていたのだ。
『どうやら其方の体が戻ってきたようじゃの。』
(ええ、そうみたいです。)
玄関の辺りが騒がしい。家族や葬儀会社のスタッフとおぼしき人達、親族が出入りしている。
雅は屋根の上からその様子をみる。
(あまり見たくないな…自分の亡骸なんて見るはずないものだし。うん、意識を眠らせるってやっぱり必要な事なんだ…。)
『やはり其方には気分の良いものではないの。大丈夫か、雅。』
仙人が雅の呟きを聞いて、気遣わしげに語りかける。
(はぁ…何とか…。でもアタシより家族が心配です…。皆大丈夫かな…母さん倒れたりしないと良いけど。)
『…しかしわかってはおるが、其方は大したものじゃな。自らの亡骸を間近にしてもその落ち着きとはの。少しは取り乱すかと心配しておったんじゃが、杞憂であったか。』
仙人がしみじみと呟く。
雅はその呟きを聞いて複雑な気分だ。
(…鈍感って言われている気がします…確かに呑気だとか鈍いとか言われたことが有りますけど。)
『ホホ、そうじゃったか。』
仙人が笑う。
雅の体が横たえられたストレッチャーが寝台車から降ろされた。
白い布が掛けられ、姿はうかがい知ることは出来ない。
すすり泣きが聞こえる。
見ると親族の正隆叔父が祖母のゆきほを支えながらストレッチャーを迎えている。
(正隆おじさん、おばあちゃん…。来てくれたんだ…。)
雅は二人を見て、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「雅…雅…。」
「母さん、雅を早く家に入れてやろう。雅、辛かったな…お帰り。」
祖母は小さな体を震わせて、ストレッチャーに声をかけ続ける。
叔父も支えながら、肩を落としストレッチャーが自宅に入るのを見守る。
母や姉、弟の聡も玄関辺りで出迎えている姿が見える。
(…疲れてるだろうな…ごめん皆…。)
その姿を見て詫びる雅。
『…さて、暫く大事な者達のそばにおるか?其方にとっても大事な時間となろう。』
(そうですね。一緒にいたいですし…。仙人様はどうされますか?)
『ワシか?其方の近くに居るよ。ま、しかし其方もワシが始終くっついとると気詰まりじゃろうて。暫し姿を消す。姿はなくとも近くには居るから、何かあれば呼べ。すぐ現れようぞ。』
(ありがとうございます。じゃ行きますね。)
フッと仙人の姿が消える。
仙人が姿を消したのを確認した雅は、フワフワと家の中へと入る。
玄関をすり抜け、皆が居るであろう奥の和室に向かう。
すると隣のリビングで声がした。
「雅は…いつ見送るんだ?」
正隆叔父の声だ。
「明日通夜で、明後日に本葬だ。菩提寺の住職も斎場も大丈夫だそうだ。出来れば親しい者だけで送りたい…。家族葬にしたよ。」
父の慶市が答えた。疲れた様子だ。
心身ともに疲労困憊なのに、気力で踏ん張っているようだ。
「しかし、雅の会社の同僚や友達もいるだろう?良いのか、兄貴?」
正隆叔父は気遣わしげに聞く。
「こんな状態だからな…。とても応対出来る気にならんよ。乃理子達も限界だ。家族やごく親しい者だけで送ると雅の会社には連絡した。了解してくれたよ。個人的に後日来てくださる分には、その都度考える。今は…雅の事だけを考えたい。」
慶市はそう話すとこめかみを押さえた。
(父さん…。)
雅は父のやつれた顔を見つめる。
たった半日程で父が一気に年を取ったように見える。
自分がその心労の原因を作ったのだから、雅は心底申し訳無さに言葉を無くす。
「そうか…そうだな。こんな別れ方は…皆考えたことも無かったからな。」
正隆叔父も兄の慶市を見つめたあと、視線を下に落とす。
「…聡は怒るかもしれんが、雅を救助しようとしてくれた上條君には連絡をしたよ。彼次第だが、恐らく雅に会いに来ると思う。私も複雑ではあるがな。雅の彼氏らしいし。」
慶市が複雑そうに話す。
(彼氏…う~ん、彼氏って先輩に何か申し訳無い気が…。まだデート1度も出来ずだったし…。とことん先輩には迷惑かけちゃうな…。)
雅は自分の彼氏と目された上條に、心の中で詫びた。
「彼氏か…雅も年頃だからな…。兄貴が泣くのは、綾か雅の花嫁姿を見る時だと思っていたよ…。皮肉だな、彼氏が居るのを知ったのがこんな事でとは…。」
正隆叔父がため息をついた。
「…ああ。いつかは嫁に行くと覚悟していたが、まさか…まさか花嫁姿のあの子を見ることが出来なくなるとは…。私より先に娘が逝くなんてな……!」
慶市は声を詰まらせ、目頭を押さえて俯く。
『兄貴…。』
正隆叔父も掛ける言葉を無くし、慶市から目をそらす。
重苦しい沈黙がリビングを支配する。
暫くして、隣の和室から声がした。
「父さん、正隆おじさん。雅、すっきり綺麗にしていただいたよ。会ってあげてくれる?」
姉の綾が和室とリビングを隔てていた襖を開けて二人を呼ぶ。
(え、すっきり?あれ?バスタブみたいなのある。うわ、今って葬儀会社のスタッフさんが遺体をバスタブで綺麗にしてくれるんだ!凄いな!)
雅は和室の端で雅の体を洗ってくれたであろう葬儀会社の女性スタッフ達が使用したと思われる道具類を片付けているのを見て感心する。
(恥ずかしいけど、汚れたまんまは嫌だもん。有り難いなぁ。)
うら若い乙女?の雅は自分の体が他人に洗われた事に恥ずかしさを感じつつも、素直に綺麗にしてもらえた事に感謝する。
和室の中央には真新しい布団の上に清められた雅の体が薄いクリームイエローのドレスに身を包んで横たえられていた。
「あぁ雅、綺麗にしてもらえたな。こんなドレス持っていたのか…。良く似合ってるぞ。」
慶市が声を震わせて雅の体に声をかける。
「うん、雅、友達のアキちゃんの結婚式の時にブライズメイドをしたんだよ。その時のドレス。クローゼットに掛かってたから…、シンプルなデザインだしオーガンジーの長袖で、ミディ丈だしね…。雅は明るくて優しい子だから、日溜まりみたいに明るくて優しい色のこのドレスが良い…な…て。」
綾はドレスの説明をしながら声を詰まらせる。
「そうだな。まるでお姫さまだな…雅。綺麗だぞ。おじさんにこんな照れ臭いセリフを言わせるのは雅くらいだよ。」
正隆叔父も微かに笑みを浮かべながら雅の体に声をかけた。
雅の枕元で母の乃理子と祖母のゆきほ、淑子伯母が雅を優しく見つめている。
「雅は…ドレスも着物も似合うから…。何を着せてあげようか迷ったんだけど…。綾が優しい色のこのドレスでなきゃって言うものだから。…でも、似合うわ…綾はやっぱり雅のお姉ちゃんね。雅を一番わかってあげてるのね…。」
乃理子が雅を見ながらゆっくりと話す。
淑子伯母と祖母のゆきほも頷いている。
「当たり前よ…。雅が生まれた時からずっと一緒に居たんだもん。雅の好きなもの、似合うものはアタシが一番分かってるわよ、母さん。」
綾は目を擦りながら乃理子に笑う。
(お姉ちゃん、母さん…。)
雅は皆の深い愛情をひしひしと感じていた。
「…アタシ聡呼んでくる。雅の綺麗な姿見せたら、アイツどんな顔するかな?待ってて!」
綾はそういうと2階の自室に居るであろう聡を呼びにその場を離れた。
その姿を目で追い、慶市が皆に笑う。
「家族葬とはいえ、明日はこうやって雅を囲んでゆっくりもできまい。皆で昔の話をしながら雅を見守ってやろう…。」
正隆叔父が心配げに言う。
「兄貴、休んだ方が良いんじゃないか?明日も明後日も大変なんだから。雅は俺が見ていてやるから。」
淑子伯母も同意する。
「そうよ慶市さん。乃理子と休んだら?アタシも雅を見ていてあげるわよ。あなた達、疲れはてているじゃないの…。」
慶市がゆっくり首を降る。
「有り難いが、今日はどうせ眠れんよ。淑子義姉さんも正隆も眠れん私に付き合ってくれないか?気を使わずに済む身内だけの夜だしな。乃理子もそう思うだろう?」
乃理子は慶市に頷いて笑う。
「そうよ。雅を見ていたいの…。目を開けてくれなくても、雅の姿をずっと見ていたい。後少ししか一緒に居られないんだもの。眠るなんて無理。淑子姉さんも一緒に居てくれる…?」
祖母のゆきほがゆっくりと立ち上がる。
「濃いお茶を入れてこようね。皆飲むでしょ?眠気覚ましにとびきり濃いのを入れてこなきゃ。夜は長いから…。」
淑子伯母が慌てて立ち上がる。
「お祖母さん、アタシが入れますよ!雅の傍に居てあげて下さいな、お祖母さんも疲れてるでしょうに…。」
「じゃ、淑子さん一緒に入れましょ。大丈夫よ。お茶を入れるくらい。」
ゆきほが微笑みながら台所に向かう。
その後を淑子伯母が付いていく。
二人と入れ違いに聡が綾と部屋に入る。
「…雅姉ちゃんじゃ無いな。お淑やかでお嬢様みたいだ。普段と大違い。」
憎まれ口をたたく聡を綾が小突く。
「素直に誉めなさいよ。ホントに反抗期長いわね、アンタ。」
雅の周りに二人も座り、お茶を入れた祖母と伯母もやがてやって来て空いている場所に座る。
(…皆ありがとう…。アタシ幸せだよ…。)
お茶を飲みながら、雅の亡骸を囲んで思い出話をする家族や親族を見つめ、雅は思う。
哀しくやるせない、だがどこか優しい空気に包まれた雅と家族達の長い夜が更けていった…。
暗い話ですみません。
次話は明日か明後日投稿します。




