くえすと7 どこでもお風呂は気持ちいい。
「ただいま!」
そう言いながら振り返った先には……
「って誰も居ないじゃんっ!」
そう誰も居なかった。振り返れば奴がいるって居なかった場合どうするんだろね。あぁ殴りに行くんだっけ? などと同郷出身の二人組がその昔歌っていた歌を思い出す。あれ? タイトルはドラマのやつだっけ? まあいいか。
む~っと時間を確認してみる鳩時計が午前2時過ぎを指していた。
「さすがに寝てるか?落ちてるのかな?」
ぱーてぃステータスを確認してみる、がそこにはログイン中とある…ふむ。
[ただいまー]
取り敢えずぱーてぃチャットで静かに聞いてみる。返事はないただの屍のようだ、だが姿も見えない……これはっ!
「完全犯罪?」
その時パタンというドアが閉まる音とともに。
「何が完全犯罪なんだ?」
アックスが下着姿で入ってきた。なんでだろと取り敢えず小首を傾げつつ。
「……いやーたすけてーおかされるー?」
「自分の小屋の中を下着で歩いてたら変態扱いされた件について」
「2ゲットズサー」
「はえーな」
「福女の2番ゲッターとは私のことよ!」
「俺はブラックゲッターが好きだな」
「私はゲッターは見てないわね」
「まあ俺もあんまり見てないんだけどな」
「んじゃ話し振らないでよ」
「ごめんなさい」
「わかればよろしい」
「ところで何で俺は自分の小屋の中で下着姿で現役女子高生に謝ってるの?」
「さぁ、趣味じゃないの?」
「嫌な趣味だなおい」
「まさか! 私のあの画像で!!」
「あの画像で?」
「……セクハラされましたっと通報」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
「んじゃ何やってるの?」
「風呂入ってたんだよ、露天風呂」
「なん……だと?」
たしかによく見るとアックスの髪が濡れていた……汚らしい髭も。
「いやこの小屋オプションで露天風呂付けてるんだよ」
「外から見た時そんなのなかったじゃない」
「だからオプションだって、外観はベーシック素材の部分しか見えないの、中と外だと広さも違うだろ?」
「言われてみるとそんな気もする」
キョロキョロと見回して記憶にある外観と比べるとたしかに大きさがおかしいがそんな事は今はどうでもいい、風呂だ、しかも露天だ!
「私も入る!」
「へいへい、そのドアの向こうが脱衣所になってるよ」
「混浴なの?」
「いやプライベートエリアで混浴も何もないと思うんだが……それは誘ってるの?」
「背中流すくらいならして上げようか?」
何やら挑戦的な問がきたのでスマッシュを返す。
「いや、もう入ったんで遠慮しておきます」
ホントに肝心なとこで弱いなぁ……まあホントに一緒に入ることになったら私も適当にごまかして有耶無耶にする気だったけどね。
「もったいないなぁ、んじゃ入ってくるね!」
トテトテとアックスと入れ替わる様にお風呂場に通じるドアを開け肩越しに軽く振り向き。
「いろいろありがとね」
そう言ってドアを閉めた。
お礼も言ったし露天風呂を満喫だ~♪ と脱衣所――何の意味があるのだ?――で装備を全解除し裸になり露天風呂に踏み出す!
「ほほう、コレは凄いな」
満点の星空とそれを美しく映す湖。
[どうだ~すごいだろ~]
[うん、すっごいきれい♪]
[まあのんびりはいれ~]
[うん♪]
ざぱ~んと岩造りのお風呂に飛び込む――体が汚れないからそのまま飛び込んでも汚くないのだよ諸君――ぶくぶくと沈んだ後クジラのごとく。もとい人魚のようにはいあg飛び上がる。
「ゴフェゲホガホゴホ、お湯、のんだ……」
どう見てもトドのようにぐったりと体を起こしゲフエフと咳き込んだ後。
「ふぅ、やっぱりお風呂は気持ちいいねぇ」
とくつろぐ。だがしかしこのお風呂どういう技術なのだろう。昨日湖に落ちた時もそうだしさっき回復剤被った時もそうだけど液体の表現が半端ないというか現実と区別がつかない。日本はほんと未来を生きてるなぁ――このゲームは日本製じゃないらしいけど――と景色をキョロキョロと見たりしていた私はとある事に気づく。尻尾がべっちんべっちんと体にぶち当たるのだ。む~コレ解けないのかな? と髪の毛を束ねてる部分を触ってみる、だめだこいつどう成ってるのかわからない。
「っは! 困ったときのアックス先生!」
そう思いだしアックス先生に聞いてみる。
[突然ですがアックス先生質問です!]
[なにかねリリィ君]
[髪留めは取れないのでしょうか?]
[ん~だいたいその手は家にいるときはカスタマイズ出来る事になってるから多分装備メニュー辺りにタブがないか?]
[ほほう、うーんと、お! あったあったつまりただのストレートロングにすれば良いのかなっと]
ぽちっと押してみる一瞬のタイムラグの後なんか頭の上がもさっとした感じはするが髪の毛の重さはキャンセルされるのでいまいちわからない。なので手で触ってみる。
「おぉストレートロングだコレはコレで何とも言えないなぁ」
とシャンプーのCMでよくあるような良い感じのポーズを取ってみるが……
「いやコレ自分じゃわかんないじゃん!」
闇夜に吠えてみた。というかさっきから私素っ裸で外にいるんだけどコレ大丈夫なのかな?
[アックス先生更に質問です]
[なんだね]
[このお風呂って外から見えないの?]
[いやお前さっき自分で“外からはお風呂見えなかったじゃん”って言ってなかったか? まあそれは置いといてこの小屋自体普通外から見えないから]
ほうほう便利だなついでにもう一つ。
[あとさぁ、すくりーんしょっとってやつ?]
[スクショがどうした?]
[あれって自分の姿は写せないの?]
[写せないことはないけど?]
[どうやるの?]
[えーと基本は普通のカメラのタイマーと一緒だ、先ずは自分の位置を適当に決めてそこが見えるように移動するそしてメニュー画面を開いてスクリーンショットタブにあるタイマーを押して時間設定あとはシャッターボタンを押して自分が戻ればいい]
[りりぃたぶんおぼえた]
小首を傾げつつ頼りなく虚空をゆびさす。
[なんならおれが撮ってやろうk[黙れ変態]なんだよさっきは一緒に入ろうとか言ってたじゃん]
[それはそれこれはこれ]
[ほんとに便利だな]
アックスの抗議は置いておいて言われたとおりにやってみる。
「え~と、こんな感じで撮るからぁ、こうしてこの辺でこのボタンを押してっと時間は十秒かな? ぽちっと」
ばしゃばしゃとお湯を跳ね上げながら見当をつけた場所に立ちポージング! イメージは月明かりの下で沐浴するエルフさん! 沐浴じゃないけど、湯気立ちまくってるけどな。などとアホな思考に陥っていると脳内にカシャっという音が響く。ほうほう撮れたのかなぁと画像を表示すると目の前に馬鹿でかい画像が映し出される。
「なんででっかいのかと思ったらコレ見たそのままを全部撮ってるのかぁ。しかし我ながらぺったんこだな、コレでも盛ってるというのに……まあそこ以外はおおむね理想的だな! 私はアレだな! ヤッパリ可愛いのだ! フゥハハハーハァー」
などと露天風呂で仁王立ちしながら叫んでみる。現実でやったら通報されかねないなぁなどと思ってると。
[どうでもいいけどパーティチャットになったままなんだけど…]
………
[わざとよっ! 聞かせてんのよっ! いわせないでよ恥ずかしいっ!]
[まあまて、まだ慌てるような時間じゃない]
[まあ、もうどうしようもないしな慌てても]
[というかもう既に色々やらかしてるからどうでもいいだろ]
[なんかそれ酷くない?]
[自分の胸に聞いてみろ]
[なんだそれは巨乳なら自分の耳がおっぱいに当てられるとか言うつもりかおい!]
[お前はどうしても自分で貧乳キャラにもって行きたいんだな]
[貧乳はステータスなんだぞ!]
[いやステータスって状態のことだからそのまんまなんだけどな……]
[え、あれ? 言われてみれば……あれ?]
言われてみれば何でステータスで上位とか高級ってイメージがあるんだ? ん~? いやあれか“特徴”って事か?
[まあどうでもいいけどさ今日はどうするんだ? 寝ていくのか?]
[ん? あーうん、こっちで寝る~]
[おう、んじゃ部屋用意してやるよ]
[え、まだ部屋あるの?]
[いや今から追加しようかなと]
っちょ、何簡単に言ってるの? ひょっとして安いのか?
[ちなみにおいくらくらい?]
[一ヶ月レンタルで百万かな]
何やら簡単に素敵な数字を吐かれたので気になってたとこを聞いてみる。
[あのさ昨日から気になってたんだけどそれって現実だとどれくらいの価値なの?]
[ん、ん~一万円くらい?]
いちまんえん……学校が学校だから私も人よりはいっぱいお小遣いをもらっているがそれでも月一万円だ。つまり私の月収分をアックスはぽんと払ってくれようとしてくれている。いいのかな? などと考えていると。
[いやこっちで一日適当に狩してたら稼げる金額だから気にしなくていいんだぞ?]
[なにそれ! そんなに稼げるの!]
[あー現実のお金には代えれないぞ? あくまでリアルで一日バイトでガッツリ働いたらそのくらいの給料だから一万円って言ってるだけで]
[それでも凄いじゃん! 私なんかお花さんいっぱい倒して100マニーくらいだったよ!]
[お前のレベルで百万稼げたらゲームバランスおかしいだろ……]
[デスヨネー]
[まあそんな感じだから気にするな]
[うん、ありがとね……別に抱き枕とかほしくないよ?]
[……ほかには?]
[パジャマがほしいなっ!]
[はぁ……女はコレだから、寝るときくらい下着姿でいいじゃないか]
[私は別にいいけど? その格好で起こしてほしいの?]
[ごめんなさい可愛いのを探してみますんでパジャマを着てください]
[お前はそんなに見たくないのか……]
[ん~ほら俺って紳士だから]
[変態紳士は黙れ]
[しかしパジャマでいいの? てっきりお嬢様はネグリジェとかなのかと思ったけど? てかそもそも何が違うの?]
[私も良くわからないけどネグリジェってなんかスケスケのヤツでしょ? あれってさ自分で言うのもなんだけど私が着て似合うと思う?]
[あーパジャマだな、うん探しとく]
自分で言っておきながらどうにも腑に落ちないのは何でだろうね。
[あぁ、まかりまちがっても熊のきぐるみパジャマとかはなしね]
[え? まっさか~そんなの選ぶはず無いじゃんアハハハハ]
[まあちょっと着てみたいとは思うけどさ、さすがにこの世界でそれはどうかと思うわけだよ]
[まあそれもそうだけど、でも普通のパジャマっぽいのしかないぜ?]
[ん~じゃあさぁ真ん中とって浴衣とかないの?]
[どこの真ん中が浴衣かがわからないけどっとあった]
[あるんだ……]
[俺もびっくりだ]
[それじゃぁ適当に見繕っといて]
[ふ、期待していろ]
[寝言は寝て言うんだな小僧!]
[いや俺が中学生のときお前はおねしょしていたんだけど]
[見たのか! ほんとにお前は変態だな!]
[もう突っ込む気にもなれやしない]
[二日目で飽きられた! コレが倦怠期というヤツですか!]
[んじゃ脱衣所に置いとくぞ]
[あっくすさんあいてしてください]
[いいから肩まで浸かって百数えてあがりなさい]
[イエッサー]
ぶくぶくと肩というか口下まで浸かり湯船に髪の毛を散らせ星空を眺めながら……こんな風に他愛の無い会話を家族以外としたのってどれくらいぶりなんだろう……などと考えをめぐらせる。
小学校のころは結構本音で話してたはずだ。でも中学からは幼馴染でさえ一枚壁があるようななんともいえない間の取り方があった。端的に言うと社交界の子供版のようなお互いを変に意識しているというかなんと言うか、とにかくこんなに自分を飾らずに赤の他人と話したことはずいぶんと久しぶりだった。飾らず……かぁ。
「本当に飾ってないのかは自分でももう良くわからないんだけどね……」
美しい月の光の中自嘲気味に歪な微笑を称えながら私はそう呟いた……