温室で…②
今度はクリスティーナが目を剥く番だった。
「そんな、私を軟禁してあんなことやこんなことをさせていたのに…!」
「おまえが言ったら卑猥に聞こえるからやめろ」
ガーウィンは渋い顔で言ったが、ぷいっと顔を背けた。
「…別におまえが嫌いだから、そう言っているんじゃないぞ」
「じゃあ、どうしてよ。ちゃんと、説明してもらわないと分からないわ。私たちは『秘密』という強い絆で結ばれた友だちでしょう? 私を容易に降嫁させようなんて何か裏があるんでしょう?」
「裏なんかないさ」
ガーウィンの目が逸らされる。それでも、クリスティーナはガーウィンの嘘を見逃すはずはない。憤然とガーウィンを睨む。
「言いなさいよ」
「嫌だ」
「言わないと、この前、あなたが催眠状態のときに言った恥ずかしい寝言をばらすわよ」
「……」
それでも、口を閉ざしたままのガーウィンにこれは大物だとクリスティーナも身構える。散々、つつきまわし、ガーウィンが凶悪山羊面と化したとき、ようやく小さな声で呟かれる。
「…俺じゃあ、守りきれないからだよ」
「え? 何て言ったのよ」
「俺じゃあ、おまえを暗殺の脅威からも守れない。正室にしたら危険に晒してしまう。それなら、降嫁して他国で幸せになっているのを見ている方がましだ」
今度はクリスティーナが考える番であった。
「どういう意味?」
「好きな女が自分のせいで殺されるよりは、他の男と幸せになっているところを見た方がいいという男の心情だ。これが真実だよ。――こういうのはおまえの方が詳しいと思ったが、告白の仕方がアマチュアすぎて防御外と言ったところか?」
ガーウィンは皮肉げに言って、視線を合わそうとしない。クリスティーナはというと、あんぐり口を開けてガーウィンを見ていた。
「…えっと?」
「俺はおまえが好きだ。――救いようがないことに」
ガーウィンは自嘲気味に笑った。
「だからといって、おまえにとってはいい迷惑だろう。けれど、もう国王の言葉だからといって、気にすることはないさ。数多くいる男の一人の独り言だと思えばいい。けれども、言っておく。俺は昔、初めて出会ったときから、ずっと好きだった」
ちらりと、一瞬だけ、ガーウィンの瞳がクリスティーナをかすめる。その一瞬だけは、個人の感情を隠している仮面は取れており、熱い視線だけがクリスティーナを貫いた。
けれども、次には既にはただの山羊面にと戻っていた。
「話したいのはそれだけだ。――降嫁したい所があれば早めに言え。なるべく、おまえの希望に添えるようにしよう。持参金の用意とかもあるし」
ガーウィンは今度こそ踵を返して帰ろうとした。
「…待ちなさいよ、ガーウィン。まだ話は終わっていないわ」
ガーウィンは振り返ったとき、頬に平手がふってきた。
その音は温室に大きく響き、虫たちはそれに驚く。
「…なんだよ」
「申し訳ございません、国王陛下。けれども、ただいま陛下に住み着いていた虫を叩きつぶしただけですわ」
「は?」
意味がわからん、と言おうとしたとき、もう一つ平手がふっていた。今度は痛い。かなり痛い。
「臆病虫はなかなか死にませんからね」
小馬鹿にした笑みを浮かべ、クリスティーナは言った。
「――自分が好きな女を守れないから、ほかの男に守ってもらう? 他の男に女を守ってもらって、それを指をくわえてみているだけ? それはただの飛べないチキンじゃない! ガーウィン、あんた、それでも男なの!」
クリスティーナは語気を強める。
「それに国王としての役割は? 国民を救うんでしょう? このまま何にも見えない闇をちんたらミミズのように動き回るだけ?」
「そう言っても、何もやりようがないんだから仕方がないだろう」
「この私がいるわ!」
その言葉にガーウィンは盛大に鼻を鳴らした。
「何言っているんだ。自分の命の危機に晒してもまだ言うのか。おまえが捜査に加わっても全然進まなかったんだ。――これ以上何ができる」
ガーウィンの言ったことは全くの正論だったが、クリスティーナはそんなこと構わずに、ガーウィンを燃える双眸で見た。
「あら、私を含め女とはそういうものですもの。本当は、恋人の無事を祈り、家に閉じこもっておくもの。けれども、恋人が窮地に陥ったりすると立ち上がるの! 女は好きな殿方のためならば自分の身を削ってでも働きますわ!」
「…えっと、それじゃあ、本気になって手を貸してくれるということか」
ぼんやりと、意味を反芻してガーウィンは単純にクリスティーナの参戦を喜んだ。
しかし、やがて心が濁ってくるのを感じた。参戦する理由として彼女は好きな人の存在をあげた。もう諦めたつもりなのに、胸が苦しい。
「――それじゃあ、おまえの好きな人って誰なんだよ。ティボルトとかか?」
三度目の平手がふってきた。
驚き、見るとクリスティーナは今まで見たことがないほど怒っていた。髪を逆立て、黄金の瞳でガーウィンを射る。頬は不自然なほど赤く染まっていた。
「ガーウィン、あんた、どれだけ山羊の頭なのよ! ――身振りとか視線で私が、あんたを好きって気づきなさいよ!」
ガーウィンは一瞬固まった。
「…えっと、俺が好き?」
三回も平手をくらい、振動が頭に残っているためぼんやりと呟く。
「女君にそれを言わせるなんて最低な国王ね!」
クリスティーナは怒ったまま、そのまま背を向けて帰りそうだったのでガーウィンは慌てて引き留めた。そして、怒りが残る黄金の瞳を真正面から眺め、しっかりその手を握りしめる。そして、衝動的にその唇に軽いキスした。
本当は抱きしめたかったのだが、服には虫がいたのでそうはできなかった。
「…ありがとう、ティーナ」
初めて見る真正面の優しい微笑みにクリスティーナは顔を赤くさせた。
切ります