シーン3:【奇跡の対価】光の中に消える聖女と、黄金の瞳に宿る誓い
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世界から、すべての濁りが消え去った。
大陸中を巡る水脈が本来の澄み切った輝きを取り戻し、源泉の底からは清らかな水がこんこんと湧き出し始めている。大地が長く苦しい病から解放され、安堵の深い吐息を漏らすような、美しく静かな時間が訪れた。
だが、その奇跡の中心地――聖なる源泉の祭壇では、あまりにも残酷な代償が支払われようとしていた。
「ルリア……! ルリアァッ!!」
崖の上から、狂ったように叫びながらレオン様が駆け下りてくる。足場の悪い岩場を転がるようにして、泥の引いた祭壇へと辿り着いた彼は、その場に力なく横たわる私を抱き上げた。
「あ……レオン、様……」
私の声は、もう自分でも聞き取れないほど掠れていた。
視界は霞み、身体の感覚が指先から急速に消えていく。それもそのはずだった。私の四肢は、淡い青色の光の粒子となって、風にさらわれるように端から解け始めていたからだ。
限界を超えて莫大な魔力を使い果たした私の肉体は、すでに人間の枠組みを外れ、役目を終えて星のマナへと還ろうとしているのだ。
「よせ……消えるな! 嫌だ、俺を置いていくな! 離さないぞ!」
レオン様は必死に、消えゆく私の身体をその逞しい腕で抱きしめる。けれど、実体を失いかけた私の身体を、彼の分厚い腕は虚しく通り抜けてしまう。
無敵を誇った最強の覇王の顔が、絶望と恐怖で子供のようにクシャクシャに歪み、大粒の涙がぽろぽろと私の透けかけた頬に落ちた。
「君を救うためにきたんだ! 君がいない世界を守って、何の意味がある! 頼む、行かないでくれ……俺の命を半分やるから! 代わりに俺を連れて行け! ルリア、愛しているんだ!」
彼の魂を削り出すような慟哭が、祭壇に響き渡る。
私は消えかけの手を伸ばし、彼の濡れた頬にそっと触れようとした。
(泣かないで、レオン様。私は、あなたに出会えて……あなたの腕の中で眠れるなら、本当に幸せでした)
言葉にならない思いが、光の粒子となって溢れ出す。私の意識が、いよいよ光の海へと溶け込もうとしたその時だった。
背後で静かに佇んでいた水精霊王が、優しく、そして荘厳な鳴き声を上げた。
『――キュィィィィィィィィィン……』
精霊王の巨大な瞳が、黄金色に輝く。それは、レオン様の瞳と同じ、決して揺るがない強靭な愛の色だった。
精霊王は、レオン様の『何をも惜しまぬ無償の愛』と、私の『命を懸けた慈愛』を天秤にかけ、その奇跡の均衡を認めたのだ。
突如、レオン様の心臓の鼓動と私の魂が、精霊王を介して一本の熱く太い魔力の糸で結ばれる。
「これは……?」
レオン様が涙に濡れた目を見開く。彼の黄金色の瞳から放たれた強烈な生命力の光が、霧散しかけていた私の光の粒子を強引に引き戻し、再び一つに繋ぎ止めていく。
精霊王が自身の膨大な魔力を『愛の誓い』の担保として、私と彼に分け与えてくれたのだ。レオン様の命の炎が、私の消えかけた存在をこの世界に力強く縫い留める。
眩い光がすべてを飲み込む。
気がつくと、私は柔らかな温もりにすっぽりと包まれていた。
消えかけていた感覚が完全に戻り、ドクン、ドクンと、レオン様の力強い鼓動が耳の奥で生々しく響いている。
「……っ、ルリア……?」
恐る恐る私を呼ぶ声。ゆっくりと瞼を開けると、そこには涙で顔を濡らしたレオン様が、信じられないものを見るような目をして私を見つめていた。
私の身体は、もう光の粒子ではない。体温のある、柔らかな人間の肌に戻っていた。
「レオン、様……。ただいま、戻りました……っ」
「ああ……ああああ……っ!!」
レオン様は私の首筋に顔を埋め、声を上げて泣いた。二度と離さないと言うように、骨が軋むほど強く、強く抱きしめられる。
その腕の熱さと痛みが、私が生きているという何よりの証明だった。
背後では、役目を終えた精霊王が満足げに一度だけ頷き、光に包まれて再び小さな水色のハリネズミの姿に戻る。そして、私たちの足元で『キュッ!』と嬉しそうに飛び跳ねていた。
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