42_エピローグ②_レヴィウス様に伝えたいことがあります
レヴィウスに改めて今後のことを乞われて、私は考え込んだ。
少しの時間考えた結果、レヴィウスに答えを返すことにした。
自分なりの真面目な答えを。
「レヴィウス様。あなたの考えはわかりました。では……私の気持ちを伝えさせてください」
「わかった」
「私、アドラー家で過ごした日々のことは大事に思っています。本当です。私の命のことはいつも心配していましたが、それでも皆さんと過ごす生活は楽しかったです。クリムト様もリモネ様もハウディも、仕事や差し入れを通して私を受け入れてくれた。城の内装もとても綺麗だった。人間界で過ごしているだけではとても出来ないような生活が出来ました」
「ああ」
「でも……、私は城で過ごすだけじゃなくて、そのときの経験をカフェ作りに活かしたいとずっと思っていました。皆に差し入れしたメニューや、眺めるだけでうっとりしていた調度品は、私の思い出にするだけじゃなくて他の人にも知って欲しいんです。レヴィウス様のように城に住める人はすごく少ないけど、綺麗な内装のカフェは色んな人が利用して楽しむことが出来る。私はそういう場を提供出来るようになりたいって思っていました」
「……そうか」
「はい。だから、私はアドラー家の城には戻りません」
私の言葉を聞いたレヴィウスは、薄く笑って頷いた。
そして、私に重ねていた手を離そうとする。
私は、思わず彼の手を握り返して言った。
「待って、レヴィウス様。言いたいことはまだあるんです」
「なんだ?」
「わ、私がカフェを開いたら……これまでみたいに、通っていただけますか。開店時じゃなくて、店が終わってからでもいいんですけど……」
「……! シルフィア、それは……いいのか?」
「レヴィウス様が家に来たとき、私は訪問を受け入れることにしました。あなたとお話をすることを、いつしか楽しく思っていたんです。レヴィウス様には他の誠実な人間の方がふさわしいだろうとは思っていましたけど……、わ、私でもいいなら……まだ、会いに来てくれると約束してくれますか?」
私の言葉に、レヴィウスは驚きの表情をする。
少ししてから、微笑みを浮かべて頷いた。
「勿論だ。シルフィア、人間界にはチップという制度があるのだろう? シルフィアの店もそれを導入するといい。アドラー家の威信をかけて、店が繁栄するように金を注ぎこむようにする」
「そ、そういうことはして貰わなくてもいいんです。本当に。あ、でも……他にしてもらいたいことはあって。私の店に来るときは、なるべく他のカフェには寄らないで下さいね」
「何故だ?」
「レヴィウス様が前にカフェ・メルタンに行ったって聞いたとき、私……ちょっとだけ嫌で……」
「……!」
「あ、ちょっとだけ、ちょっとだけですよ。他の店で何か食べるより、お腹を空かせてから来た方が何を食べるにしても美味しいでしょうし、だから、あのっ……レヴィウス様?」
「約束する。他の店は行かない。人間界の知識が必要になるとしても、使用人たちに行かせることにする。俺が行くのはシルフィアの店だけだ」
「いや、そういうことを言ってる訳じゃないですよ。私の仕事場でメルタンがライバルみたいに扱われたことも大きいですし、だから……っ」
「ふ、ふふっ」
私は不意にレヴィウスに抱きしめられた。
必死になってレヴィウスに抵抗すると、彼は私を離してくれた。
だが、機嫌良さそうに笑うことはやめなかった。
「あ、あの、わかってくれましたか。私は別に、レヴィウス様の行く先を縛りたい訳ではなくて、別に私のカフェ以外のところを優先して行ってもらっても平気で……」
「シルフィア。……残念ながら、お前が嘘をつくときの表情や声について、俺はもうある程度は理解しているんだ」
「……!」
「俺が人間界に来るときはシルフィアを一番に優先する。約束する」
「はい。ありがとうございます……」
「シルフィア。お前を伴侶にしたいという願い……まだ諦めなくてもいいか?」
「えっと……店を軌道に乗せるまでは、他のことは中々考えられないですけど。カフェの運営がある程度落ち着いた後に、改めて考えさせて下さい」
「ああ。いくらでも待つとも」
熱を帯びたレヴィウスの声に、私は赤くなって俯く。
その後、程なくしてストレイウス家のメイドが部屋に来てくれて、助かった――と思った。
****
月日が流れて、私のカフェを開店する日になった。
カフェ・キャンドルを辞めた後もメニュー作りの修行は続けていた。
魔石を用いたメニューを作ることで、味に加えて魔術師の魔力向上に役立つことがわかっていた。
オーナーがその噂を王都に流してくれたから、魔術師の来店が見込めるのだという。こういうことで協力してくれるのは心強かった。
『その代わりに、うちの店も宣伝して』と言われているから、店内にはキャンドルを紹介したフライヤーも置いてある。
キャンドルの同僚たちは、仕事が入っているからすぐには行けないらしい。代わりに、『カフェ・キャンドル一同』と書かれた花束及び台座が届いた。
私はそれをカフェの入り口に飾り付ける。フラワースタンドが出来上がった。
(ここは街外れにあるから、こういった飾りがあっても有名店ほどは人を集められない。でも、こういうのがあると華やかでいいな。何より、私が嬉しい……)
私が作るカフェは、もの凄く売上をあげて規模を大きくしたい訳ではない。
すごく繁盛しなくてもいいから、来てくれた人がほっと出来る場所になって欲しい。そう思う。
「――待たせたな、シルフィア」
「わっ……」
店の前にいた私の上空から、ふわりと舞い降りる者がいた。
レヴィウスとクリムトだ。
魔族が人間界に来る際になるべく目立つことを避けるため、店に来る人数には限りがあると聞いていた。今回はこの二人だったらしい。
「お疲れ様です。今開店前の最後の見直しをしていたところだったんです。こちらは私の前の仕事場からいただいた花で……」
「ふむ、人間も魔族も考えることは同じか。俺たちもシルフィアに祝いの花を渡しに来たんだ」
「台座と花は用意した。レヴィウス様からの御心、光栄に思うのだな!」
「えっ……こ、これ全部ですか? 全部飾るのはちょっと……」
クリムトがせっせと準備をするが、魔族が育てた花だからなのか、人間界のそれよりもサイズが大きい。カフェの扉やら窓やらに掛かってしまうし、キャンドルの元同僚から貰った花も隠れてしまう。
「むう。アドラー家の城に比べると、この店のスケールは小さすぎるな。レヴィウス様が折角用意した花が入りきらないとは……」
「俺たちの気持ちを表現したいと思っていたが、少々先走り過ぎたな。少し待ってくれ」
レヴィウスが花飾りに近付き、手を翳した。
彼が魔術を使ったようで、光に包まれたそれらはカフェ・キャンドルのものと同じくらいのサイズになる。
そして、花飾りの一部はレヴィウスの魔術によって縮小され、彼の手には一輪の花が現われた。
「よし。これで邪魔にはならなくなった。そしてこちらの花は、シルフィア――お前に捧げるものだ」
「……!」
「店のことも、他のことでも、俺はいつでもシルフィアに幸運があるように祈っている」
「――ありがとうございます!」
「よし、ではクリムト、店の前に並ぼう。この時間から並べば俺たちが開店一号の客になる。シルフィアの店に歴史を刻むとするか」
「レヴィウス様、本当に我々が並ぶ必要はあるのですか……? 関係者として通して貰えるのでは?」
「それだと、普通に店に来た他の客に不信感を抱かせる可能性がある。正面から行くのがいいのだ」
店の前から聞こえる会話を聞きつつ、私は扉を開けて中に入る。
レヴィウスから貰った花を店のどこに飾るか考えながら。




