1.新天地
マイラは途方に暮れていた。
実家を出たマイラは長距離の乗合馬車を乗り継いで、南の町へとやって来た。しかしマイラの雇用を約束をしていた薬師は、半年前に死んでいるというのだ。
「祖父も年齢が年齢なので、風邪を引いたと思ったらあっという間でした」
マイラの師匠を通じて薬師へ見習いの打診を行い、成人してからならと承諾を得ていたはずだった。
「先月、十八になったのでお伺いしたのですが……」
薬師の孫は突然訪れたマイラに訝しむ様子を見せたので、焦ったマイラは死んだ薬師から届いた師匠宛の手紙を見せて弁解した。ここに至るまでの経緯を話すと、孫も話の途中からは態度を軟化させ、マイラに同情するようなことも言うようになった。
薬店を継いだばかりの孫は、祖父が見習いを雇い入れようとしていたことが初耳だったのだという。孫の父親はすでに亡くなっており、他にマイラの話を知る者はいなかった。
薬師の孫はマイラが渡した手紙の字を見て、懐かしさに目を潤ませた。やがて手紙に目を通していた孫は、マイラの師匠が薬師ノーマであることを知ると大変驚いた様子を見せた。
「ノーマさんはまだご存命なんですか!?」
どういう意味だろうかとマイラは首を傾げた。ノーマは確かに若くはないが、両親よりも少し上くらいの年齢だ。少し不躾な人なのかと思ったが、ここが正念場なのでそれについて異を唱えるのはやめておいた。
「祖父は腕利きの薬師だったため魔法薬の依頼も引っ切りなしだったのですが、足下にも及ばない自分では依頼も減少傾向にあります」
手紙を読み終えて元の通り丁寧に畳んだ孫はマイラの境遇に理解は示したが、見習いを迎えるほどの余裕はないと申し訳なさそうに詫びた。
当てが外れ途方を失ったマイラだったが、薬師の孫の言うことも納得できたため、別れの挨拶をすると薬店を後にした。
薬店を出たマイラは近くの広場の椅子に座って頭を抱えていた。
「どうしよう」
故郷の町よりも少し暖かい風がマイラの頬をなでる。しばらくの間、心地よい風に身を任せていたが、再び大きく嘆息すると小さく唸り声を上げた。
家出同然に生まれた町を出て、師匠の兄弟弟子を頼ってこの町にやって来た。将来は分からずとも、少なくとも当面の生活はどうにかなるとの算段でやって来たが、初っ端から行き詰まってしまった。
見通しが甘かったのは否めない。
他に頼るところはなく、知り合いもいない。
半ば放心状態のマイラに、同じくらいの年齢の女が声をかけてきた。
「さっきの薬店であなたを見かけたんだけど、あなた薬師なの?」
女はモニカと名乗り、北の町にある商会の娘なのだと自己紹介をした。薬店には商会の取引で来ていたところ、マイラ達の会話が耳に入ったのだという。
死んだ薬師は腕は確かだが気難しく、身内以外の薬師を受け入れることは非常に珍しいと聞いた。その薬師が迎え入れる予定であったのならば、優秀な薬師なのだろうとモニカはマイラを持ち上げた。
「行く当てがないなら北の町に来ない? ちょうど取引できる薬師を探していたの。それとも家に帰るの?」
「帰ると結婚させられるから帰らないわ」
マイラは嫌な男と結婚させられそうになったので、知識の向上も兼ねて家を出てきたのだと正直に身の上を話した。
「私もよ! 恋人がいるのに親が結婚を認めてくれなくて、別の相手を押しつけようとしてくるの! やっぱり私と一緒に来るといいわ。そんな家に帰っちゃ駄目よ」
見知らぬ相手について行っていいのものかとマイラが迷う暇もなく、半ば強制的に乗合馬車に乗せられた。早まったかも知れないと思った時にはすでに遅く、馬車はとうに出発していた。
今日泊まる場所すら決まってなかったのだ。それにマイラから見てモニカは悪人には見えない。
走り出した馬車に乗ってしまった以上、どうしようもできないということもあるが、半ば自棄っぱちな気持ちでモニカについて行くことにした。
マイラ達を乗せた馬車は北の町へと向かって進んで行く。道中でモニカがマイラの生い立ちを聞くので、実家は薬店を営んでいて、まだまだ駆け出しだが店ではマイラの調合した魔法薬も取り扱っていたと話した。
北の町で魔法薬を売ればいいとモニカは言い、迷った様子を見せるマイラにモニカは何度も畳みかける。
モニカの住む町に医者はおらず、医者にかかるためには別の町まで足を運ぶ必要がある。その上、医者の診療費は高額で庶民には手が届かないため、軽度な病や怪我であれば魔法薬を飲んで治すことが多い。
自分で薬草を煎じて飲むこともあるが、薬師が薬草に魔力を注ぎながら調合する魔法薬とは全く効能は異なる。そのため、魔法薬は庶民にとって大きな役割を果たすものだ。
「あなたは住む場所が見つかる。うちの商会は薬師をつかまえられる。どちらにも利のある話じゃない?」
モニカの家の商会と取引していた前の薬師が町を出てから、町には薬師が居着かなかった。遠くから魔法薬を仕入れるのでは運送料などの余分な金がかかるため、できれば町の中で調達したい。そのためマイラと出会った薬店に、誰か北の町に来てくれる薬師を紹介してもらえるよう掛け合うつもりだったという。
モニカの話は隠し立てすることなく簡潔で聞いていて気持ちがいい。人を警戒しがちなマイラだったが、モニカの人柄を率直に好ましいと思った。
いつ尽きるとも知れない路銀だ。ずっとふらふらするには心許なく、できれば早く腰を据えて生活の基盤を整えたい気持ちもある。それに、すでに北の町への馬車に乗ってしまっている。
必要とされる場所があるのなら、そこで暮してみたいとマイラは思った。
到着後すぐにモニカの父親である会頭と面談すると、自分が保証人になるから町に住んで商会と取引をしないかと打診された。
どこの馬の骨とも知れないマイラでは、雇ってもらったり家を借りることすら難しいだろう。それを会頭が保証してくれると言うのだ。破格の条件であることは間違いない。
会頭の信頼を得ることができたのは、マイラの持つ薬師の免状も大きな役割を果たした。免状は師匠が弟子とする者の技能や素性を、自分の責任のもと保証するものだ。師匠ノーマはまだ成人したばかりのマイラをノーマの弟子であると認め、免状を授けてくれたのだ。
「謹んでお受けいたします」
そう口に出してしまえば、何かが吹っ切れたようにすっきりとした気持ちになった。
マイラの受諾の言葉を聞きながら、会頭の後ろのモニカが満面の笑みを浮かべていた。
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北の町に住むことを決めたマイラは、さっそく住む家を探してもらうことにした。
会頭の紹介で現れた仲介人に、雨露が凌げればいいのでできるだけ安いものをと希望を告げると、いくつかの候補の中に格安の訳あり物件があると言われた。
仲介人に連れられて見に行ったが、多少の古さはあるが大きな傷みもない普通の一軒家に見えた。町の中心からは外れているが、不便さを感じるほどの距離ではない。人混みが苦手なマイラにとってはほどよい距離はむしろ望ましいところだ。
「この家は幽霊の棲む家と言われていて、長く住んだ人がいないんですよ」
聞けばこの家には幽霊が棲んでいて、勝手に物が動いたり、誰もいないはずの部屋から笑い声や足音が聞こえたりするのだそうだ。
話を聞く限りとんでもないお化け屋敷のようで、家を案内しに来たはずの男も家の外から紹介するだけで中に入ろうとはしない。仕方なくマイラは一人で家の中に入った。
玄関を入った最初の部屋は、物が何もないせいか随分と広く感じる。仕切りを兼ねた長い台を置けば、店の受付になりそうだ。残りの空間に大きめの台を置けば、作業場としても申し分がない。
がらんとした室内を見ていると、家具の配置や生活の様子が思い浮かんで楽しくなった。
確かに古い家ではあるが、生活してる間に付いたであろう漆喰の壁の汚れや、柱の傷も些末なことで気にならない。日当たりはよくじめじめとした場所もない上に、不思議と懐かしささえ感じるような気さえしている。
扉を挟んだ先には暖炉を備えた吹き抜けの居間があり、奥には台所があった。台所の竈は古い石造りだが不都合なく使えそうだ。テーブルと椅子を置いても十分な広さがあるため、食事はここでとるのだろう。
二階へ上がる階段を上ると木が軋む音に紛れて、クスクスと笑う声が聞こえた気がした。もしかしたらこれが幽霊なのかとマイラは驚いたが、恐ろしさを感じることはなかったのでそのまま階段を上り、二階の二部屋を確認した。
赤い三角の屋根が可愛らしく、一人で住むには広すぎるくらいだが家賃が安い。この家の広さでは破格の金額といえる。
「この家にします」
すっかり家が気に入ったマイラはその場で契約を決めた。
男は心底驚いていたが、マイラは気にせず家を借りるための手続きを依頼した。本当にいいんですねと男は何度も確認したがマイラの気持ちは変わらなかった。
そうしてマイラは、新たな町で薬師としての生活を始めたのだった。
ああ。
やっと息ができる。
新しい部屋でマイラは大きな深呼吸を繰り返した。




