それは金を司りし者
隈下藤次郎博士は徹の式神に連れられて、今頃脱出を果たしているだろう。白衣の男、名は吉田と言ったか。彼はマジックミラーの向こう側で『過度蓄電能力移植』の最終調整を行っているだろう。こちらもさっさと始めよう。
よく見ると、部屋のマジックミラーの面の四隅には御札が貼られており、それには日本語とも思えない黒字と赤地の星が描かれている。これらは、マジックミラーの向こうに居る吉田にこちらの様子を気付かれなくするためのものだ。人払いの応用なのだが、あちら側の人間がこちらの様子が目に入りにくいようになっている。
そして、今椅子に固定されて眠っている諏訪美月を中心に部屋一面に赤い大きな星が描かれ、この部屋の西に当たる部屋の面を覆いつくすように御札が何枚も何枚も張り重ねられている。徹は指を矛の形に立てて法を紡ぐ。
「西方より来たる白き虎よ。君の駆けるは西の道。君は世の万物の一つ、金を抱くものなり。ああ、しかし惜しい。君の身心にはそれでも金が欠けている。」
徹が法を紡ぐと、赤い星が薄らと浮き上がる。
「君の金という意味を抱くは、金の元が君であるが故なり。」
赤い星の各頂点から赤線が走りだす。頂点から頂点に繋がった赤線は、2線に分かれ帯を築く。その帯の中に日本語でありながら日本人には理解できない文字が流れる。
「もし君が君であるとも、今金の娘の基に姿を現し、その金が君の金にあることを示せ」
赤い星は赤い魔法陣となって諏訪美月のまわりで輝きを増し、西一面に張られたお札が弾かれた。
お札が木の葉のように舞う中、そこに現れたのは体長5メートルほどの白い虎だ。この部屋が大体20×15メートルから、その大きさを予測できる。白き虎は諏訪美月の周りをぐるりとゆっくりと歩き、彼女を中心に彼女を囲うように立ち止り徹を睨めつける。
『余を呼んだのは汝であるか。うむ、なかなかの術師ではないか。良かろう、汝は余に何を望む。財か?知か?女子か?それとも力か?』
虎は口を動かさずに低い声で徹に尋ねる。
「和の地脈の金を司る白虎よ。我は、財も、知も、女子も、力も要りませぬ。我が欲するもの、それは君でございます」
徹は矛の印を崩さず、謙った口調で目の前の人ではないものに願いを申し上げる。
『なんと、汝は余を欲すと言うか。しかし、困った。余は汝の言うとおり、金の地脈を司るものなり。ここは余の力を引き出すようにできているようだが、余を維持するにはあまりに足りない。汝はなやむまじ術師なり。これを如何と考えか』
虎は彼自身の重要性に反してとても積極的に話を進めてくる。この会話の裏には、それぞれの利害の一致がある。
「その女子の内に秘められよ」
徹は虎から諏訪美月に視線を移す。
「その女、ここの金を秘めるものなり。和の金を司る君も秘められよう」
虎は徹の言葉を鼻で笑う。
『汝は余を欲するのであろう。もし余のこの女子に秘められようとも、余は汝のものあらず、この女子のものなり。是は汝の願いであろうか』
徹は虎の言葉に虎を睨めつける。
「否、是は我が願いなり。君がかの女に秘められようこと、我が願いなり」
虎は徹に一歩近づく。
『ならば其れはその様にしておこう。それにしても、ここの五行を秘めるものがあるようだが、汝らは一体何を始めようというのだ』
虎はさらに徹に一歩弐歩と歩み寄る。しかし、徹の顔に恐怖や焦りはない。
「和の繁栄と勝利のために」
虎はその言葉に歩みを止める。
『っは!やはり汝やむごとなき術師なり。良かろう、余が汝らの力となろう』
虎は上機嫌に笑い、その身が白い光に包まれる。
「君のつきづきし御心に感謝申し上げます」
徹は感謝の言葉を述べるが頭を下げることもせず、矛の印も崩すこともしない。
『苦しゅうない』
そう言って虎は虚空へと消えた。
成功した。この日本を、この街を守るための呪術の基礎の一角の入手を完了した。もう後戻りはできない。後は進むのみ。この後に何が待っていようとも止まることは許されない。それがこの日本を背負う責任というものだ。




