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【11】正しい趣味

 レイヴンの不思議な求婚は、私にとってわかりにくい上に嬉しいものではなかった。

 

 ついでに言えば、私が支払う対価と得られる報酬のバランスも悪い。

 もちろん、そのバランスも含めての調整をするのが、これからする話なのだろうが。

 

 階下の応接室に移動した私とレイヴンは、テーブルと紅茶を挟んで向かい合った。


「――さて、これ以上の引き伸ばしは不審を招く。アストライア公爵家にプラムたちの名前で使いを出したので、貴女の迎えが来るまでに話をある程度まとめてしまいたいのですけど……現状で何か質問とか、あります?」

「質問と言いますか……そもそも、レグルス殿下と私の婚約が解消されなければ、もしもの話でしかないでしょう? 卵がすべて孵化すると仮定して計画を立てるのは、時間の無駄だわ」

「それはまあ、卵が孵ったとしても望んだ雛とは限らない、という問題もありますね。とはいえ、それについては良いんだか悪いんだか判別しにくいニュースがあるから、あまりに気にしなくていい部分です。要約すれば、皇太子殿下が追加でやらかしたようで。詳細は時間さえあれば説明しますけど、お帰りになったら俺が今知っているものより詳しく聞けるんじゃないかと思います」


 それは、合せ技で「あんなことをされてなお婚約を継続するとなれば、アストライア公爵は皇帝にどんな弱みを握られているんだ」とまで言えるものらしい。


 パーティーという場にそぐわぬ、冤罪を用いた婚約破棄宣言。

 あれに次ぐ失態とは何をしでかしたというのだ。臣下として頭が痛くなる思いだ。


 そして、取り急ぎ確認せねばならないことがある。


 ひとつは、レイヴンが私を望むことによる彼のメリットについて。

 もうひとつは、私が遭遇した殺人事件について。


 最低限、このふたつの疑問を解決させねば、無事に皇太子との婚約が解消された場合でも、私が頷くことは難しい。


「そういうことなら、お伺いしたいことが二点。まず一点は、レイヴン様が人形のために私のこの髪をご所望ということで……」

「ちょっと待って、はなから遮って申し訳ないんですけど何か既におかしいので」


 どうやら、何かが根底から違ったらしい。


 話を聞けば、レイヴンは珍しい色の髪を使って人形を作りたいのではないのだという。

 そうではなく、私の服を作りたいのだと断言された。


 曰く、「ずっと等身大の人形が欲しかったんだけど、流石に難しくてね」ということだ。

 正直なところ、髪を使って人形を作りたいと言われるよりも、身の危険を感じる要求である。

 

 とはいえ、別に礼装や盛装などの目立つ衣装を手掛けたいわけではなく、あくまで私に着せたいだけらしい。

 

 レイヴンの屋根裏部屋に飾られていた二体の人形を思い返せば、彼の趣味のものが私に似合うとは思えないのだが。

 ぼんやりとした色彩を持つ私は、装飾の多いドレスに負けてしまうのだ。

 

 それはともかく、「外に着ていけ」と言われないのは助かる。

 

 淑女のドレスには、それがどこそこのメゾンが手掛けたものであるとか、担当のデザイナーがどうだとか、そういった話題がどうしてもついて回る。

 高位の紳士が針子の真似事を趣味とするなんて決して正しいと言えず、公言するのは難しい。


 ――いや、本当に、そうなのだろうか?


「………………正しさって、なにかしら」

「なに、急にどうしました。俺の趣味がそんなに正しくないって? ……ま、悲しいことにそうらしいのですけど。貴女がいうように、正しいという評価はされたことがありませんから」

「あっ。いえ、その……ごめんなさい」


 つい零れたつぶやきを拾われ、慌てて謝罪する。


 一般的な貴族男性の趣味といえば、室内なら盤上遊戯やカードなど。室外なら狩猟や乗馬といったところか。

 読書と音楽や観劇なら、男性も女性も楽しむものだが、そこに人形の衣装製作は決して入らない。

 敢えて言うのなら、女性が刺繍趣味の延長で手掛けることがあるかもしれないが……その程度だ。


「せっかくだし、参考に訊こうかな。ジャスティーナ嬢は、俺の趣味がどうして正しくないと思います?」

「それは……男らしくない、から……?」

「なるほど。男らしさってなんでしょうねぇ」


 何気ない様子でそう尋ねられると、私は言葉に詰まってしまった。


 レイヴンが男らしいかそうでないかと訊かれれば、十分に男らしいと思う。

 

 と言っても、彼のことはまだ外見とほんの少しの内面しか知らないため、判断材料が少ない。

 けれど、少なくとも女性のようには見えない。


 彼の固い腕も、逞しい腹筋も、大きな喉仏が震える低い声(テノール)も。

 そんなことを頭の中で並べると――今朝の光景をはっきりと思い浮かべてしまい、瞬時に顔が熱を持つ。


 ふと目が合ったレイヴンは、私が何を思い出してしまったのかを理解しているようで、楽しげに目を細めていた。

 

 なんとなくわかってきたけれど、この大鴉はだいぶ意地が悪い。

 私は火照った頭を冷ますため、温くなった紅茶を口に含みながら、そんなことを思った。

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