【10】プロポーズ?
レイヴンの言い分は、こうだった。
『
突如誘拐されなんとか逃げ出したものの、途中遭遇した殺人事件の現場で倒れてしまったジャスティーナ。
幸いなことに、偶然現場へ居合わせたケイロン王国の人間に保護されたが、直前にあった婚約破棄騒動のこともあって皇太子婚約者の席を手放すことを決意する。
そうなると、問題になってくるのはジャスティーナの進退である。
このままでは、ジャスティーナの状況は悪くなる一方。
しかし、事件翌朝に目が冷めたジャスティーナは、一晩で大変な目にあったのに気丈に振る舞った。
そんな彼女に一目惚れをしたレイヴンは、傷ついた彼女の支えになりたいと求婚する――。
』
……と、いうシナリオで話を進めたいらしいのだ。
「それはいったいどこの誰の話で……いえ、情報の出処など気になる箇所は山程あるけれど、そもそも“お人形さん”とは一体何なのです?」
「ああ、それ、申し訳ない。言い間違えて……と、いっても内容は別に間違いではないんですけど」
「えぇ……?」
不穏な謎の単語の中身は間違いではない。レイヴンはそう断言した。
困惑する私を見たレイヴンは「百聞は一見に如かず」という結論に達したらしく、私を再び今朝の部屋へと招いてきた。
男性の寝室へ入ることに躊躇する気持ちが当然あるが、正直に言えば今更という気持ちもある。
悪あがきでしかないものの、寝室の扉を閉めないことを訪問の条件にすれば、レイヴンは笑って承諾した。
彼が私をどうしたいのかを含め、状況をできる限り広く正確に把握しておきたいので、行かない選択肢は難しかったので助かった。
「――そういえば、今朝は申し訳ないです。レディになんてことをするんだと、プラムにしこたま叱られました」
「それは、はい。そうでしょうね……私こそ失礼を……」
今朝の部屋へと廊下を進みながら、私は彼から謝罪をされた。
されたことがされたことであり、レイヴンの素直な謝罪を素直に受け取ることが難しい。
とはいえ、彼が一方的に悪い訳ではないため、私はもごもごと言葉を濁してしまう。
彼のほうも、私が簡単に許すとは思っていなかったらしく、苦笑いを浮かべるだけでこの話は区切られた。
そしてたどり着いたのは、屋根裏の一角である。
正規の外交官としての個室も階下にあるが、簡素な部屋を好むレイヴンは、本来は使用人が私室として使う屋根裏部屋の一部屋を好きに使っているのだという。
個室ではなく複数人が共同で使用する規模の部屋だが、それでも所詮は屋根裏部屋である。ベッドと机、そして収納を置けばもう満杯だ。
そんな部屋の一角に天井から吊されていたカーテンを避ければ、腰ほどの高さがある収納棚の天板に二体の少女人形が並べられていた。
「俺が今回連れてきている人形はこのふたり。ガーネットとラピスラズリと言います」
「ほ、本当に人形だったの……」
正直に言えば、私は何かの隠語なのだと思っていた。
しかし、レイヴンが見せたかったのは、文字通りの人形だったようだ。
ひとつは、まっすぐな金の髪に赤い瞳。
ひとつは、うねった黒い髪に青い瞳。
ふたつとも、フリルとレースやリボンがたっぷりと使われた可愛らしいドレスとヘッドドレスを着用していた。
衣装の色も、それぞれが持つ色合いに合わせたもので、よく似合っている。
高位貴族の女児がこれらの人形を持っていたのなら、特にお気に入りのものになっているだろう。
「その子たちの衣装はね、俺が作ってるんです」
「へぇ……………………えっ!?」
思いもよらぬ発言が落ちてきて、私の思考は完全に止まった。
そんな私を置き去りにしつつ、レイヴンは説明を続ける。
彼は幼い頃、ビスクドールの衣装デザイナーになりたかったらしい。
しかし、職業が選べる身分ではなかった上に、なりたい職業がニッチすぎた。
彼は泣く泣く諦め、今は趣味でほそぼそと作っているのだという。
確かに、彼のような男性が大手を振って公言できるような、正しい趣味ではない。
成人した女性の趣味としても、好意的には受け取られない類のものだ。
しかし、趣味の正誤はともかく、状況はなんとなく読めてきた。
レイヴンが先程言っていた「一目惚れ」というのは、あながち間違いではないのだろう。
私は、良く言えば乳白色のような白い髪と、くすんだ緑色の瞳を持っている。
けっこう珍しい色合いなのだが、髪も瞳もどこかくすんでぼんやりとして見えるため、見た目で良い評価を得た覚えはない。もちろん、世辞は除く。
さらには、両親のどちらとも似ていない色合いで、私が産まれた当初は母の不貞が疑われたらしい。
最終的には、当時確立されたばかりの技術である、魔力波形による親族判定が行われた。
結果はもちろん、白だ。
私の魔力波形は、父と母双方の家系の特徴をきちんと引き継いでいた。
母は不貞など犯しておらず、騒動は一件落着した、らしい。
私の両親は典型的な政略結婚の夫婦だし、他の兄妹に比べ、たまに会う母が私を見る目は理不尽なほどに厳しい。
それは私が皇太子の婚約者だったから……と思っていたが、もしかしたらその騒動が後を引いているのかもしれない。
今更そんなことに気がついた。
母が兄を誇り、弟妹を撫でる姿を何度か見たことがある。
私は母に褒められたことなど、一度もないが。
私からすれば、それは理不尽で悲しい、正しくない態度だ。
しかし、母からすれば、私に厳しくするのは正しいことだったのだろう。
昨日から、個々の正しさについて考えてしまうようになり、ふとそんな事を思うようになった。
そんな厄介な小話はともかく、珍しい色合いであることは事実なのだ。
レイヴンはこの色合いに合う衣装についてインスピレーションでも得たのか、私のこの髪を使い新しい人形でも作りたいのかもしれない。
そのための対価が、進退に窮している私への求婚……と、いったところか。
つまり、レイヴンの「俺の人形になって」とは、彼なりの言葉による誠実なプロポーズだったのだろう。
――当たり前だが、私にとってわかりにくいどころではないし、まったく嬉しくないのである。




