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石妖契約奇譚  作者: 上月琴葉
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8話 「罪」

──きらきらと、結晶化した赤い花が風に舞った。

 世界の楔だった竜を殺したのだから、この世界はやがて滅び去る。

「……本当にこれで良かったんですか。あなたは。敵国の名もなき一騎士に殺されるなど。神にも等しい存在であろう、あなたが」

 竜は優しい声で答える。

「いいのさ。もう我は黒化が進みすぎていた。堕ちて、あの子たちを殺そうものなら、きっと我は我を許すことなどできなかっただろう。……願わくば優しい世界に流れ着くことを」

「……ノクティアとユーリィス……彼らの無事を私も祈ります」

「むしろ、詫びねばな。エリュシオン。お前もまたこの世界にはいられまい。そして竜を屠り、この世界を……【狂った楽園】を滅ぼした罪も巡るだろう。輪廻の最果てで、恐らくお前は……我と同じ道を辿るだろう」

 エリュシオンは首を振る。

「世界の楔だったあなたを殺してただで済むなんて思っていませんよ。私は恐らくこの世界が滅ぶまで、敵国の邪竜を殺した英雄とされるのでしょう。しかし、人は大きな力を恐れる。役目を終えた英雄など不要。だったら、新しい世界に渡る方がずっといい」

「強いな、そなたは」

 竜の体が光になって解けていく。

「では我もせめてお前の側で終わりを見届けよう。……血の結晶を」

 刹那、人型をとった竜は、自らを屠った気高き騎士に口づけ──

「……んっ……」

 小さく喉が鳴る。騎士の中に竜の血が宿った瞬間だった。


 世界が黒に暗転する。

 竜は光となって消え、騎士も別の世界へと流されていった──



──

「……夢、か……」

 雨と雷の音でうたた寝から鴇は目覚めた。

 テーブルには作りかけのロボットのパーツが転がっている。

「……まだ、昼間なのか……なんだろうなこの雨は……ひどく……気持ちが悪い」

 冷蔵庫から水を取り出してひと口。

 いつもならこれで目が覚めるのだが、眠気が酷くなる一方だった。

「……この雨はおかしいな。だったら……止むまで寝るか……」

 鴇はソファにぐったりと倒れ込むと、また夢へ落ちていく。


ーー

「……ふう」

 人里離れた森の中に、その工房はあった。

 人の世の普通の刀では斬れないものを斬るための特別な刀の造り手。

「……」

 黒髪に、2色の異なる眼の色を持つ人嫌いの鍛治師。

「……ハルアキからの文か。何々……隠居したし久しぶりに会いたい……君が恋しい……何を書いてるんだ全く。まあ断る理由もないので承諾と送っておくか……他は──」


 平安の都で鵺の大征伐に参加し、結果としてこの工房を与えられてから1000年近くが過ぎたと、ハルアキから聞いた。

 彼も私も人ならざる者だから、人より長く、俗世とは関わらずに長い刻を生きてきた。その意味では元の世界を失い、同じ定めの者も知らない私にはハルアキの存在はありがたかった。

「紫苑、元気?」

「100年顔見せなかったとは思えない軽さですね。ハルアキ」

「重くなくていいと思わない?だって俺たちってそういう仲なんだし」

「そうですけど!まだ注文分の刀を打ち終わってないのでその後にしてください。刀に邪念が宿っても困りますし、明日依頼人が受け取りに来るんですよ」

「……当代最強陰陽師の気が混ざった方が強くなるんじゃない?」

「…… あっ」

 ハルアキは本当手が早いというか隙がない。ただ口付けられて流し込まれた力は、とても心地よかった。不本意だが今なら最高の刀が打てる気がした。

「……今なら最高の刀が打てそうです!」

「え、あ、ちょっと」


 ハルアキを押し除けて、一心不乱に剣を打つ。

 出来上がったのは淡く金色に光り輝く刀身を持つ一振りの鎮めの刀。

「……ハルアキ、これは最高傑作ですよ!依頼人も大満足です」

「おー……竜と神狐の気が宿るとこんなに美しいものができるんだね……」

 ハルアキも私も、その刀に見惚れた。自らの手で生み出したものだということがまだ信じられない。

「……おや」

 どこからか飛んできた青色の蝶が柄に留まり、同じ形に変わる。

「……うん、俺がいうのもなんだけどこの刀めちゃくちゃ使い手選ぶんじゃない?……そしてこんな業物打って、精霊素もう空っぽだよね、紫苑」

「……は……い……」

 興奮が収まると一気に眠気が来た。

 私の打つ特別な刀は作り手の精霊素を根こそぎ持っていく。だから、基本的にはハルアキがいないと特別な刀は打てないのだった。

「……大丈夫。すぐにあげるから、俺の精霊素。……奥にいこっか」

「すみません……いつも……」

「謝らない。むしろこういう時はありがとうだよ」


──

「すみません、お願いしていた刀を取りにきました」

「ああ、これになるが。使い手を選ぶ感じになってしまったので──」

「あ、馴染みます」

 説明する間もなく、刀は訪ねてきた青年のものとなった。

 金色の髪に紺色の瞳。浮かべている表情は柔らかい。

 だが、同時に酷く気味悪い気も感じ取れた。この青年は色々と混ざっている。そして、恐らくは禁忌さえ──

「ありがとうございました。紫苑さん。見えたかもしれないですが、僕は色々と【訳あり】で、なかなか手に馴染む刀が無かったんです」

「……お前は何者なんだ?禁忌さえ捻じ曲げ、その上で複数の気が混ざっている……キメラのようだ」

「……きめら?」

 青年は首を傾げる。

「……い、いやなんでもない」

 元の世界の魔物の話をしても仕方がないと思い、急いでごまかす。

「……僕は……元は鬼だったんです。でも、角を片方折られて、ヒトに穢され、最後には殺されて……理さえ歪められて同じ姿で蘇っているので……混ざり物の化け物ですよ」

 青年はなんでもないことのように自らの正体を話すが、紫苑は言葉を失った。

 それは元いた世界での絶対禁忌。密かに行われていたが、口に出すのもおぞましい行為。

「……それは私のいた世界では絶対禁忌でした。ええ、あなたに罪はありません。ですが、あなたを作り出した者がいることに私は恐怖を覚えます」

「僕は、あの人には逆らえないように作られています。その上で理も踏み越えているので……怖がられても仕方ないんですよ。でも紫苑さんも、人ではないですよね。だからつい、口が滑ってしまって」

 寂しそうに青年は笑う。その姿は人間と何も変わらない。

「あ、そろそろ戻ります。刀の代金はここに。それじゃあ」


「待って、そこの君」

 戻ろうとした青年の背中に、ハルアキが札を放つ。

 ぎゃあ、と声がして黒い煙が立ち昇って消えた。

「……つけられていたようだね。そして、俺は君にとても興味がある。ちょっとだけ奥で話そう」

 ハルアキはそういうとぐいぐいと青年の手を引いて奥の部屋へ消えた。


──

「……あ、あの……僕は何かあなたの気に障るようなことをしたんでしょうか……?」

 奥の部屋で床に押し倒された青年は不安げにハルアキを見つめる。手首は紐で縛られていて、抵抗はできない。

「ああ、違うよ。……いずれ君の魂がたどり着いた先で、もう苦しまなくても済むようにちょっと、ね」

 青年は睫毛を伏せる。

「……ああ、貴方──ハルアキさんでしたか。未来が見えるんですね」

 ハルアキは小さな鉱物のかけらを取り出すと、口に含んで青年に与える。

「うっ……く……」

「鉱物に見えて、特別な薬だよ。ねえ、【銀杏】くん。君は多分、何をされても何も感じないんじゃないかな?」

「……そうですね。人形に【痛覚】なんて必要ないですし。正直なところ【感情】というものもよくわからなくて。いわゆる【五感】はほとんどないようですよ」

「今は……どう?」

 すっと指で肌をなぞられて、青年は震えた。

「ひ……くすぐったい……です」

「だんだん薬の効力が落ちるから、どこかで痛覚だけは鈍くなるかも知れないけど他は大丈夫だ。しかし……美しいな。勿体ないので、ちょっと味見だけさせてもらおう。薬代だよ」



───

 しばらくして式神につけられていたのもあり、湯で身を清めてから青年は工房を後にした。

「不思議な子だったね。綺麗だけど、とても哀しい子。喩えるなら羽がボロボロになっている青い蝶だ」

 ハルアキの言葉に首を傾げる。

「翅がボロボロならそもそも飛べないでしょう。彼は別に身体には問題がなさそうでした。……ただ、魂は───」

 ハルアキは頷く。

「ああ。あの子の──銀杏くんの魂はもうボロボロで、次に生まれ変わったらもう壊れてしまうよ。奪われていた五感は取り戻しておいたけど……」

「……銀杏、っていうんですか」

 銀杏。元の世界では、朽ちていく秋を最後に彩る落葉樹。

 そういえば、墓地を見守るように植えられていることが多かった。

 花言葉は【鎮魂】。

「……蝶は魂と結びつけられる。銀杏の黄金色の光を纏った刀……やはりあの刀は彼にこそふさわしいと思ったよ」


───

 銀杏。

 夢に出てきた人物はそう呼ばれていた。

 少しだけ思い出す。思い出さないように蓋をしていたけれど。


紫苑は自らの精霊素の宿った武器が葬ったものが見えてしまう。

あの刀は……【銀杏】を眠らせた。同時に銀杏の敵も葬り去った。

歪みきった魂を持つ銀杏にとっては、それは救いだったのかも知れない。

そして非道を重ねてきた夜峰竜胆という男にとっても。


だが、それは精霊素を通じて紫苑の心を割った。

そして二振りの刀が生まれ落ちた。


復讐と怨念、悪の血を吸った妖刀黒竜胆。

気高き決意と願いの血を吸った銘刀蒼華蝶。


──

 緋色の結晶に埋め尽くされた海を見た。

 青いはずの海が、血の色に染まっている。


 海の底で黒い煙が渦巻く。

 ああ、あの刀はかつての【紫苑】が……


 黒い煙が形を持つ。

 海を泳いでやってくる。


「……あれは、マレモノというんだよ、鴇くん。……ああ、ついに竜の護りは失われてしまったか」

「……ハルアキさん」

「……竜は、君が生まれ変わったあともそばにいた。紫苑が元の世界で愛用した武具である石妖アダマスの形をとり、時には人の形を取りながら君を護り続けた。母親が錯乱して君を刺した時──一時的に竜の血を使って君の心臓を刃から護った」

「……僕は護られるような存在じゃない。夢で前世を見てはっきりとわかりました。ひとつじゃなく、今もまた……妖刀を生み出して世界を壊そうとしている」

「鴇くん。妖刀が鏡界にあるのも活性化したのも君のせいではない。この雨を降らせている男の仕業だ。……と言っても君は自分を許せないだろうね。ならば、銘刀を探しなさい。そしてそれを紺くんに」


──

 雨が止んだ。

 ぼうっとした頭のままで体を起こす。


 ハルアキさんは───前世の紫苑の恋人は、気にせずとも良いと言った。

 僕も前世の罪が今の自分の罪だなどとは思えないし思わない。


 だが、何もしないという選択も間違っている。

 デバイスを立ち上げて、銘刀について調べ始める。

 恐らく簡単には見つからないだろうが、諦めたりはしない。


 かつてこの身は騎士だった。

 今はもう剣も刀も振るう力はないけれど。

 その血が流れているというのなら、せめてその血に背かぬように。

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