172.夕食2
「マリアが行きたくないと思うのは先日の……オルトロスの件があるからか?」
「……違います」
レオナルドお兄様の指摘に静かに答えた。
別にオルトロスが怖いわけではない。
「あの一件以来噴水広場は閑散とするようになった。その影響は大通り全体に広がっている。警備のための人員を増やしてはいるがそれだけでは民の不安は拭えない。問題が解決するには時間がかかるだろう。だからこそ高位貴族があの場所へ行く必要がある」
「私たちが行っても何の解決にもなりません」
「そうだな。だが俺達がいることであの場所が安全であると示すことができる」
レオナルドお兄様は皇位継承権を持つ人間だ。この国で皇子と同じくらい、誰よりも守られなければならない人。
そんな人がいる場所が危険なわけがない。
「…………でも、もし何かあったら……」
あの時は何とかなった。
けれど次もどうにかなるとは限らない。
もっと強い魔物が出てきたら、うまく連携がとれなかったら、次は怪我だけではすまないかもしれない。
クリスもエリックも死んでしまうかもしれない。
「何かあった時のために方々が手を尽くしている。心配する気持ちはわかるが騎士達を信用するべきだ」
私はあの事件の当事者でもある。
そんな私が噴水広場に行くことは確かに意味があるのかもしれない。騎士団への信頼を示すことが出来るだろう。
「それにこの件を任されているのはルイス殿下だ。恋人だというのなら信じられるはずだろう?」
突き放すような言い方に胸が苦しくなる。
わがままだと思われているのかもしれない。クラウス公爵家の人間として相応しくないと思われたのかもしれない。
それは“私”にとって何よりも嫌なことだった。
「レオ、無理強いは良くない。例の件からまだ一週間しか経っていないのだろう? 怖いと思うのは当然だ。あの場所へ行くのはもっと落ち着いてからでいいだろう」
「だ、大丈夫です! 怖くはありませんから……。必要があるのでしたら行きます」
「無理するな。いつか行かなければならないにしても、今行く必要なんてない」
「無理なんてしてません」
怖くないのは本心だ。
不安なのは私のせいで家族が死ぬことだから。
あの場所へ行くことには何も感じない。
「オルトロスを怖いとは思ってません。もちろん他の魔物も……。あの時はエリックとクリスが守ってくれましたから。行きたくないと言ったのは……ルイス殿下を最後までもてなすべきだと思ったからです」
ヨハンお兄様は私の目をじっと見つめている。
……ヨハンお兄様のことは少し苦手かもしれない。大好きだけれど全てがバレてしまいそうで怖い。
「まあ何かあっても前みたいに俺が守ってやるから心配しなくていい」
「え? 私一人で行くつもりだからついてこないでよ」
クリスがまたついてくるなんて冗談じゃない。私を庇って怪我したらどうするんだ。
「は? いや、一人では無理だろ……」
「もともと一人で行くつもりだったもの。クリスが居たらゆっくり見られないじゃない」
「ゆっくり見ればいいだろ。マリアが満足するまで待っててやるから」
「その待たれるのが嫌なのよ。私は一人がいいの。それに騎士団への信頼を示すのなら一人で行く方がいいでしょう?」
「そういう問題じゃねぇよ。公爵家の令嬢が一人で買い物なんて有り得ねぇだろ」
「問題なんてないわよ。ちゃんと一人でお買い物できるもの。騎士も巡回してくれているなら安全でしょう?」
学園内でも、騎士が巡回しているからという理由で中央棟の中だけは自由に動くことを許可されている。
要するに何かあったときに助けてくれる人が近くにいればいいのだ。
それに本当に何かあればルカを呼べばいい。クリスやエリックに頼るより安全だ。
何より死ぬ心配がない。
「いや、自分の立場わかってんのか? マリアは公爵家の令嬢なんだぞ? 万が一何かあったらどうすんだよ」
「そんなこと言ってたら何も出来ないじゃない。人目のない場所には行かないし怪しい人にも近付かないわ」
「そういう問題じゃねぇって言ってるだろ」
本当にクリスはめんどくさい。
一人で買い物に行くのだから会話なんてしないし人目がある中で密会なんてこともしないのに。
そんなにお父様のいいつけを守るのが大事なのだろうか。私はそんなに信用がないのだろうか。
「マリアはクリスと出掛けるのが嫌なんだろう? なら俺と二人で行こう。好きなだけぬいぐるみを買ってやるぞ」
「ヨハンは公爵様に許可を貰ってからにしろ」
途中からヨハンお兄様の横槍が入って、エリックがそれを諌め、ヨハンお兄様が反論して、途中からクリスとレオナルドお兄様にも話が振られてどんどん収拾がつかなくなっていく。
気付けば明日皆で一緒にマビノギオンに行くことになってしまっていた。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
色々と悩んだのですが、しばらく更新をお休みします。
更新再開時期は未定です。




