第二話
「はあ。ですから、あなたのような方が来る場所ではないと」
彼女たちが今いるのは、いかがわしい店が立ち並ぶさびれた裏通りだった。貧しい身なりの人々が酒の匂いを漂わせながら行き交い、時々、奇妙なものを見るような目付きでケイトリンに視線を向ける。いたたまれなくなった彼女は両手で自分の体を抱いて、顔を伏せた。
「大丈夫ですか?」
「あ、はい。でも、少し怖いです」
「ですよね。ここであなたの姿は浮きます。やはり、お帰りになった方が……」
「ユーリ、どけ」
不意にセドリックがふたりの間に強引に割って入ると、ケイトリンのドレスの胸元に手を掛けた。
彼女が着ているのはタイトなシルエットのシンプルなドレスだ。若草色のそのドレスはケイトリンのような若い娘が着るには少し背伸びしているように見える。
「あ、あの、どうかしましたか?」
ぽかんと彼女はセドリックを見返したが、彼はそれに答えず、いきなりドレスの胸元を力任せに引き裂いた。
「きゃああああ!」
「騒ぐな。人が殺されたかと思うだろ」
「で、でも……!」
おろおろする彼女を無視して、今度はドレスの裾を摘まみ、そこも太腿が露わになるほど大胆に引き裂く。
「よし、これでいい」
「な、な、何てことを!」
わなわなと震えながら、ケイトリンは言った。
「このドレスはおばあさまの形見で……他は売ってしまって、もうこのドレスしか残っていないのに」
「何だ、ドレスくらい何枚でも買ってやる」
「そういう問題ではありません! これは私にとってたった、一枚の、大切な……」
後は言葉にならなかった。
顔を真っ赤にして、ぽろぽろと涙を流し始めたケイトリンをうんざりしたように見て、セドリックはさっさと背中を向けた。
「ユーリ、後は任せた。俺は先に店に入っている。そのドジ娘を適当になだめて連れてこい」
「私がですか? 泣かせたのは殿下ですよ」
「お前の方が女のあしらいは上手いだろう」
そう言い置くと、セドリックはさっさと目の前の酒場に入って行った。
「やれやれ」
頭を掻きながら、それでもユーリは嗚咽を上げるケイトリンに向き直った。
「ケイティ、申し訳ありませんでした。どうか、殿下の乱暴を許してください」
「……ユ、ユーリさまが、あ、謝られることは、あ、ありません……」
ひくひく喉を鳴らしながら、何とかケイトリンは言った。
「ど、どうして、ドレスを……こんなことを」
「それはあなたを守るためです」
「……え?」
「この界隈はご覧のとおり、上品な場所ではありません。あなたのような美しいドレス姿のうら若き女性が現れたら、よからぬ連中に目を付けられてしまうでしょう。この場所に似合うように殿下はあなたのドレスをそのように。やり方は乱暴ですが、理に叶ってはいます」
「……そういうことですか」
「はい。それでも、あなたを無理矢理、こんな場所に連れてきた殿下に非があります。後は私が何とかしますから、あなたはやはり、お帰りになった方がいいでしょう」
そう言って、彼は、乗ってきた馬車の扉に手を掛けた。
「お屋敷まで送ります。その姿が人目に触れないようにしましょう。よからぬ噂が立つといけませんから……」
「いいえ」
不意に顔を上げて手の甲で涙を拭うと、ケイトリンはきっぱりと言った。
「私、帰りません」
「え? しかし」
「ここまで来たのです。ドレスをこんなにされて、すごすご帰るなんて……私にはできません」
ケイトリンは意を決したように胸元でぎゅっと、拳を作った。
「あのお店に入ればいいのですね?」
「そうですが、でも」
「参りましょう」
自分を鼓舞するようにひとつ頷くと、彼女は先に立って歩き出した。
やれやれ。
さすが殿下が選んだ女性、というところか。
苦笑しながら、ユーリはどんどん歩いて行くケイトリンの華奢な背中を追いかけた。