第一話
城の庭園を抜けて小道に出ると、そこには一台の馬車が待機していた。その古ぼけた様子はどう控え目に見ても王家のものとは思えない。
戸惑うケイトリンを尻目に、セドリックはなじみらしい年老いた御者に軽く手を上げて挨拶すると、馬車の扉を三度、叩いた。
それが合図ですぐに扉が開き、そこから現れたのはパーティ会場で会ったセドリックの副官ユーリだった。彼もセドリック同様に、軍服からラフな平服に着替えており、軍人というよりは学生のように見える。
「あなたは……」
理知的な碧い目で、セドリックの後ろに立っているケイトリンをみつけるとユーリは驚きの声を上げた。
「連れて来られたのですか?」
「ああ、構わないだろう」
「どういうおつもりです?」
「面白そうだから連れてきた」
「またそのような。……育ちのいい若い女性が行く場所ではありませんよ。彼女は目立ちます」
「というか、お前こそどうした? 真面目なお前が行く場所でもないぞ」
「私はあなたのお目付け役ですから。この前は上手く出し抜かれましたが、今回はそうはいきません。どこまでもお供します」
「めんどくさいな。スパイめ」
「ええ、そうですよ。見張っていますからね。告げ口をされたくなければ大人しくしていてください、王子さま」
「やかましい。早く馬車に乗れ。行くぞ」
言って、拳で軽くユーリの胸元を突くと、そのまま、一人馬車に乗り込んだ。その様子を見て、あら、とケイトリンは声を上げそうになる。
憎まれ口を叩き合いながらも、このふたりの間には深い友情が見えるのだ。
「素敵」
嬉しくなってにこにこ笑っていると、不思議そうにこちらをユーリがみつめているのに気が付いて、慌てて頭を下げて挨拶をした。
「ごきげんよう。あの、ユーリさま」
「はい、こんばんは」
にこりと微笑み返してから、すぐにユーリは申し訳なさそうに言った。
「先ほどはすみませんでした。お助けできず、怖い思いをさせてしまいましたね」
「あ、いいえ、大丈夫です。何もされていませんから。確かに一時はどうなることかと思いましたけど」
「あの方は何をするにも乱暴でその上、派手ですから。わざと悪い噂を立てるようなことばかり。困ったものです。本当はお優しいのに」
「仲がよろしいのですね」
「え? そんなことはありませんよ」
慌ててそう言うと、ユーリは古ぼけた馬車を振り返った。
「気は進みませんが、どうぞ、馬車に乗ってください。あの方は、一度言い出したらききませんからね」
「あの、どこに行かれるのでしょうか?」
「殿下の言葉を借りれば、本物のパーティだそうで」
「本物のパーティ、ですか?」
苦笑するユーリに促されて、ケイトリンは馬車に乗り込んだ。後からユーリが入ってくると、それで中は一杯になる。
「狭いな」
ぼそりと呟くセドリックを無視して、動き出した馬車の中、ユーリは隣に座るケイトリンに気さくに話し掛けた。
「お嬢さん、お名前をお伺いして構いませんか?」
「あ、失礼いたしました。私はケイトリン・スザンナ・ウィルローズと申します。ケイティとお呼びください」
「では、ケイティ。あなたのことをとても心配していたお嬢さんがおられましたが」
「ああ、スージー!」
はっとしてケイトリンは口を両手で覆った。彼女のことをすっかり忘れていたのだ。
「あの、彼女はどんな様子でしたか?」
「とても混乱されていました。周囲の人たちになだめられながら、帰って行かれましたが」
「そうですか。私は無事だということを伝えないと」
「あ、あの」
「はい?」
「そのスージーさんはどちらの方で?」
「彼女の名前はスザンナ・マリー・ガーランドですわ。ガーランド家はご存知?」
「あれ? スザンナ? 確か、あなたのお名前も」
「ええ」
にこりと笑ってケイティは言った。
「私のミドルネームと彼女のファーストネームは同じなんです。それだけではなくて、生まれた日も同じで。ずっと、親友なんですよ」
「それはそれは。いいお友達なんですね。あの……ところで、ガーランド家というと、もしやスザンナ嬢はマクミラー伯爵のご令嬢ですか?」
「ええ、そうですよ。彼女はマクミラー伯爵の末娘です。お兄さまとお姉さまが一人ずついらして、末っ子の彼女は家族みんなに溺愛されていますの」
「溺愛、ですか」
「ええ。ガーランド家のみなさんはいい方ばかりで、私たち、家族に今も変わらず接してくださるのはガーランド家の方々だけです。……あの、スージーが何か?」
「ああ、いえ。可憐な方だと思いまして」
「まあ」
ケイトリンは思わず、笑顔になった。この感じのいい青年はどうやら自分の親友が気になるらしい。
「もしよろしければ、お引き合わせいたしましょうか?」
「あ、いえ、そんな」
ユーリは、退屈そうに窓の外を見ているセドリックにちらりと視線を送りつつ言う。
「どうぞ、お気遣いなく」
「ユーリ、俺に遠慮するな。好きにふるまえ」
タイミングがいいのか、悪いのか、セドリックがそう言った直後、馬車は一度、大きく揺れると停止した。
「着いたな。行くぞ」
「あ、はい」
少し慌ててユーリは返事をし、セドリックが降りた後、ケイトリンの手を取り、エスコートしながら自分も馬車を降りた。
足を下ろすと、こつりと冷たい音がしてそこが石畳であることをケイトリンは知った。そして、夜が更けて暗くなった周囲を見渡し、唖然とする。
「ここは……」




