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第七話

 部屋に入るなり、ケイトリンは力が抜けたように床にぺたりと座り込んでしまった。

「大丈夫?」

 自分もすぐ横に同じように座りながら、兵舎の部屋まで案内してくれたアンが笑いながら言う。

「大変な一日だったわね、そりゃ疲れるわ」

「大変な二日間だったの。昨夜からずっと夢の中にいるようよ」

「へえ、夢の中かあ」

 面白そうに笑うアンにケイトリンは真剣な顔で頷いた。

「昨夜のパーティでセドリックさまに求婚されて……もうそれだけで頭の中は大混乱なのに、一夜明けたら、今度は従軍看護師なんて……波乱続きよ。どうなっているのかしら」

「それは勿論、あなたが隊長の婚約者だからでしょうね」

「え。違うわ。セドリックさまは本気で私なんかを選んだりしないわ」

「あなたはそう言うけど、そうは思わない人たちもいるってことよ」

「ええ?」

 不思議そうな顔でこちらを見返すケイトリンに、アンはやれやれと肩を落とす。

「大きな声では言えないけど、黒の樹海に行く今回の任務は正直、馬鹿らしいことこの上ないわ。本当にあるかどうかも判らない『虹のかかる泉』の水を汲んで来いなんて、何の冗談ですか? って感じよ。結局、この任務の目的は、お城から、いえ、国から隊長を追い払うこと。そして、目障りな婚約者であるあなたもその道連れってわけ」

「道連れ……?」

「隊長は強いからね、生きて戻る確率は高い。帰ってきてから、あなたと結婚して次期王の地位を固められでもしたら面倒と思ったのでしょうね。あなたの家って名家なんでしょう?」

「あ、それは……今となっては名前だけだわ」

「そう? だけど、面倒になるかもしれないと恐れた人がいるのよ。そういう連中が色々画策しているのよね、きっと」

「あの、それって、つまり……」

「従軍看護師としてあなたを私たちにくっつけて、まとめて黒の樹海に放り込もうってわけ。隊長は生き残れたとしても、あなたはどうかしら? あなたひとりが消えてくれるだけでも安心できるんでしょうね。判りやすい悪巧みだわ」

「……どうしてそんなひどいことを」

「そんなの、自分の利益のために決まっているじゃない。隊長より、弟君のショーンさまを次期王に立てた方が得をする連中がいるってことよ」

「ショーンさまを……」

 ケイトリンは、不意にあの無垢な少年の明るい笑顔を思い出した。

「ショーンさまはそんなこと、お望みではないと思うけれど……」

「関係ないのよ、ショーンさまの気持ちも、隊長の気持ちも、すべてね」

 すっと立ち上がると、アンは意識的に口調を明るく変えて言った。

「もう少ししたら夕食の時間よ。また呼びに来るから、それまではこの部屋でゆっくりしていて。まあ、何もない部屋だけどね」

 そして出て行こうと部屋の扉を開けたところで、ああ、と振り返った。

「さっき、私が渡した短剣のことだけど、見た目は華奢で飾り物のように見えるけど、切れ味は本物だから鞘を抜く時は手を切らないように充分に気を付けてね」

 軽く手を振るとアンは部屋を出て行った。

 ……短剣。

 言われて、ケイトリンは落ち着かなくなった。無造作にポケットに入れていた短剣をそっと、取り出してみる。切れ味は本物、と言われると急に怖くなった。

 少し迷った挙句、身につけているよりはと、医療品の詰まった鞄の外ポケットに押し込んだ。

 ここなら何かあればすぐに取り出すことが出来る。

 何もないことを祈るけれど。


 ケイトリンはふっと息をつくと、立ち上がり、窓にかかっているクリーム色のカーテンをそっと開いてみた。

 きれいな夜空を見れば、少しは気が晴れるかと思ったのだが、残念ながらそこにあるのは月も星もない、見事に真っ暗な夜の闇だった。

 闇夜、だわ。

 だけど、夜ってこんなに暗かったかしら……?

 その夜の闇がまるで自分たちの行く末を暗示しているように思えて、ケイトリンは慌ててカーテンを閉めた。

 怖い……。

 彼女は幼い子供のように静かな夜に怯えていた。


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