第六話
突然、頭を撫でられて赤面しているケイトリンから離れると、セドリックは改めてアンに言った。
「アン、このドジ娘に一番軽い剣を用意してやれ」
「え? 剣?」
ぎくりと反応したのはケイトリンだ。慌てて彼女は言った。
「い、いりません、剣なんて。武器なんて必要ありませんから!」
「そうはいかない」
氷のような冷たい声に戻って、セドリックは言った。
「武器を持たぬ者を黒の樹海に連れて行くなど論外だ。自分の身は自分で守って貰おう。それができないというのなら置いて行くまでだ」
「……そんな。私は看護師です。軍人ではありません」
「看護師といえど、甘えは許さない」
セドリックはぎらりとケイトリンを睨んだ。
「足手まといはこの部隊にはいらん」
返す言葉がなくただ立ち尽くすケイトリンに、アンがそっと細身の短剣を差し出した。銀の鞘に収まった優美な姿をした短剣だった。
「これならどう?」
「あ」
思わず、ケイトリンは声を上げた。
「美しい剣ですね」
「これなら軽いし、懐に仕舞っておける。邪魔にならないでしょう?」
「そうですね」
戸惑いながらも、ケイトリンはその短剣を手に取った。
「これならそんなに怖くないです」
「これでいいですよね、隊長。彼女はこれで自分を守れます」
アンに言われて、仏頂面でセドリックは頷いた。そして、改めて全員を見渡すと声を張って言った。
「第一部隊は国王の命により、三日の後、早朝より黒の樹海に向けて出発する。任務は、森のどこかにある『虹のかかる泉』の水を採取し、王に献上することだ」
一呼吸おくと、セドリックは少し優しい声になって続けた。
「これより出発までの三日間は準備期間とする。各自、ぬかりのないよう準備することは勿論、しておきたいこと、会っておきたい者がいるなら、思いを残さないようにしておけ」
「はい!」
全員が声を合わせて返事をすると、軽く頷いてセドリックはユーリと共に会議室を出て行った。その背中を見送ると、みんな一様にほっと肩の力を抜く。
「はあー、どうなることかと思ったが、なんとか収まった、か?」
「まあな。黒の樹海に行くという無茶な任務はそのままだけどなあ」
トムとフランがお互いの顔を見て、肩をすくめた。
「あ、あの」
そこにおずおずと声を掛けたのは、困惑顔のケイトリンだった。彼女は言葉を選びながら、ゆっくりと言った。
「ええっと、黒の樹海に行くのは……今日ではないんですね……?」
「え。今日だと思っていたのか? 姐さん」
驚いてフランが聞き返した。ケイトリンは恥ずかしそうに頷く。
「ええ。てっきり、すぐ出発するものと。病院のみなさんや家族と友人に急いでお別れの挨拶もしてきたのですが……え。今、姐さんって仰いました?」
すると、フランとクリス、そしてセルコが一列に並び、ケイトリンに向かって仰々しく頭を下げた。
「昨夜の呑みっぷりには感服いたしました。これからはあなたのことを姐さんと呼ばせていただきます」
「や、やめて!」
ひいっと頭を抱えるケイトリンに全員が大笑いする。笑いすぎて涙が溜まった目をこすりつつ、トムが言った。
「やめておけよ、三人とも。これ以上、からかうな。で、ケイティ、その別れとやらは勿論、手に手を取って涙ながらに、だよな?」
「はい……。その通りです」
「そりゃあ、今更、今日、出発じゃありませんでしたあって家に戻るのは辛いところだな」
「ケイティらしいけどね」
と、笑ったのはアンだ。
「さすがに今日、命令が出て今日、出発は無いよ。何も準備が出来てないし、しかも、もう夜だよ」
「そうよね……」
ケイトリンは苦笑する。病院に出勤した時点で夕刻だったのだ。今はとっぷりと日が暮れて、もう外は足元さえ見えないほど真っ暗だ。
「……ああ、恥ずかしい。医療品を鞄に詰め込んで、万全の準備までしてきたのよ。また私の早とちりのドジね……」
「あの、ケイティ。帰るなら送るけど?」
と、ニールが控えめに彼女の顔を覗き込んだ。それを見返してケイトリンは迷いながら言う。
「そう、ねえ。帰らないとだめよね……。ああ、また三日後にお別れを言わなくてはならないなんて……母や弟に泣かれるのは辛いわ……」
「帰りにくいなら、ここにいる?」
「え? ここに?」
こくりとアンが頷いた。
「ええ。私たち、休暇が無くなったから、この基地に併設されている兵舎に戻ったのよ。空いている個室もあるから、出発までの三日間、ここで過ごせばいいわ。準備も手伝って貰えると助かるし」
「ええ、喜んで手伝うわ」
ぱっと明るい表情になったケイトリンに、アンは微笑んで言った。
「じゃあ、決まりね」
「おいおい、いいのか。隊長の許可なしで」
「いいよ」
困惑顔のトムに、けろりとアンは言う。
「ケイティが近くにいた方が、隊長も落ち着くって」
「そうかなあ」
「ねえねえ、ケイティ。馬を扱ったことある?」
不意にニールが割り込んできた。
「もし、馬が怖くないなら僕の仕事も手伝ってよ」
「あら、それってお馬さんのお世話ってこと?」
「そうそう」
「いいわよ」
にこりと笑ってケイトリンは頷く。
「私、子供の頃、乗馬を習っていたから、お馬さんは大好きよ。馬術大会で優勝したこともあるんだから。勾配のついた板の上を駆けたり、障害物を飛び越えたり。得意だったわ」
「へえ、そうなの。意外。運動なんてまったくしないお嬢さまだと思っていたのに」
「まあ、アンったら」
「ごめんごめん。頼もしくていいわ。ねえ、みんな?」
「そう、だな」
「まあ、馬にひとりで乗れるなら助かるよ」
「ニールよりケイティの方が使えるかもしれんぞ」
「ええ? そんなあ!」
わっと笑いが起きた。
ついさっきまで陰鬱だった隊の雰囲気が、ケイトリンの登場でいつものように明るくなった。
アンは、ほっと安堵の溜息をついていた。




