第五話
「隊長、謝らないでくださいよ」
にっと笑ってフランが言った。
「その様子だと、志願された、というのはでたらめのようですね。そんな任務、やってられるかと抗議しに行かないんですか」
「抗議だと? そんなことをして何になる。一度決まった任務に変更はない。腰抜けだと笑われるだけだ」
「でしょうねえ。どうも俺たちをお気に召さないお方がいらっしゃるようで。しかし俺たちはしぶといのが信条。黒の樹海から無事に帰ってきて、鼻をあかしてやりましょうよ」
「当然!」
アンが華やかな笑い声を上げた。
「黒の樹海、上等! どんな化け物が出てくるかわくわくするってもんよ」
「えー、そんなあ!」
ひとり悲痛な声を上げたのはニールだ。彼は泣きそうな顔で言った。
「黒の樹海に行くなんて僕は嫌だ。怖いよ」
「ニールのヘタレがまた始まった」
「だけど」
トムの真剣な声がみんなの笑い声を遮った。
「浮かれてばかりいられないのも事実じゃないか。黒の樹海だぞ。あの森の主は遠い昔に深い眠りについたと言われている。そのおかげで永く国に災いは起きていないが、俺たちが森に入ることでその主とやらを目覚めさせてしまうんじゃないか? 俺はそのことが気がかりなんだよ」
「そんなおとぎ話、信じてるのか?」
フランがそう言って鼻で笑ったが、それに追随する者は誰もいなかった。
しんと重く静かになった室内で、セドリックが何か言おうと口を開きかけたその時、会議室の扉から、そっと誰かが顔を覗かせた。
「あ、あの……こちらは第一部隊の会議室でよろしいのでしょうか。ノックしたのですが、お返事が無くて」
そして、おずおずと室内に入ってきた姿に、そこにいた全員が息を呑んだ。
「……え? どうしてここに?」
一番にアンが驚きの声を上げた。
「何しに来たのよ、ケイティ」
「ああ、ごきげんよう、アン。この部屋で良かったのね。……あ、あの、みなさま、昨夜は大変、失礼いたしました」
頭を下げるケイトリンに、唖然としてセドリックが言った。
「どうしてお前がここにいるんだ?」
「はい。招集がかかっていると病院で聞きまして。遅くなり申し訳ございません。仕事の引き継ぎをしておりまして。……ああ、セドリックさま、ユーリさま。また、お会いできて光栄です」
「病院で? 引き継ぎだと?」
改めて見てみると、ケイトリンは看護師の白い制服姿で、医療品が入っている大きな革製の鞄を肩から斜め掛けにして下げていた。病院からやって来たことは一目で判る。
「……これは、何の冗談だ」
「あの、セドリックさま」
セドリックの凛々しい姿に密かにときめきながらも、ケイトリンは努めて冷静に言った。
「冗談ではありません。……私も、最初に聞いた時は何かの冗談……いえ、間違いかと思いましたが、このように正式に命令が出ております。私は従軍看護師として、黒の樹海へみなさまとご一緒いたします」
ケイトリンが差し出した紙をひったくるように手に取ると、セドリックはまじまじと眺める。確かに、国王の名と印が押してある正真正銘本物の、正式な命令書だった。
「従軍看護師、だと……ユーリ!」
「はい!」
「お前、知っていたな」
顔を強張らせているユーリを睨みつけてセドリックは言った。
「何故、黙って……!」
「で、殿下、落ち着いてください。これは」
「もういい。俺は城に戻る。国王とあの女に会う」
恐ろしいくらい低い声でそう言うセドリックに、不吉なものを感じてユーリは慌てて言った。
「お待ちください。ついさっき、抗議はしないと仰ったではありませんか」
「抗議? そんなもの、するつもりはない」
「では、何故?」
「決まっている」
セドリックは武器が広げてある長机の前に大股で歩いて行くと、さっきアンが手に持っていた斧を取り上げた。
「あの女の首を叩き落としに行くんだ」
「なっ、何を仰っておいでですか……! 駄目です! 絶対に駄目です!」
「隊長! 落ち着いてください!」
ユーリとフランが斧を取り上げるべく慌ててセドリックに組み付いた。それを彼は強い力で振り払う。
「どけ! 邪魔するな! あの女、今度という今度は許せん! 関係ない者まで巻き込むとは! あの女の首をはねて、国王の目を醒まさせてやる!」
「お、お待ちください! 王妃さまに手出しすれば、殿下といえどもタダでは済みませんよ!」
「構うか! 離せ!」
「ケイティ、殿下を止めてください!」
目の前で起きていることが理解できず、呆然と立ち尽くしていたケイトリンだったが、ユーリの声にはっと我に返った。
「ユーリさま、これは一体……」
「殿下もあなたの言うことなら耳を貸します! ケイティ、さあ、早く何か言って止めてください!」
「あ。は、はい!」
でも……何を言えばいいの?
迷いながらも次の瞬間、大きな声で叫んでいた。
「セ、セドリックさま! ……ひ……ひ、人殺しはいけません!!」
場がしんと静まった。
そこにいた全員が一様に動きを止めて、ぽかんとケイトリンを見る。
「……え。人殺しって……」
思わずそう呟いたアンが、たまらなくなってぷっと小さく吹き出した。それが合図となり全員が一斉に笑い始める。
「え? え? え? どうされましたか? どうしてみなさん、笑っていらっしゃるの?」
ケイトリンはわけが判らず、大笑いしている全員をおろおろと見渡した。
「……あ、あの……セドリックさま?」
「判ったよ。お前の言うことは正しい」
笑いを収めると、セドリックは持っていた斧をアンに返した。そして困惑顔のケイトリンの頭を片手でそっと撫でる。
「笑ってしまった俺の負けだ。あの女の首をはねるのはもう少し後に取っておくことにしよう」




